田原総一朗インタビュー「コロナで“今までのやり方じゃダメだ”と気付いた」 (2/2ページ)

日刊大衆

 そんなときに、“コロナの時代”が来た。もちろん、大変なことではあるけれど、これによって「今までのやり方じゃダメだ。変わらなくちゃいけない」と、多くの人が気づいたわけです。

■「コロナ禍の後、世界がどうなるのかすごく興味があります」

 なぜ日本は戦後、高度成長ができたのか? それは戦争によってゼロになって、新しいものを作ろうとしたから。世界的にさかのぼれば、18世紀後半から19世紀にかけ、イギリスで産業革命が起きた。それまで人間がやっていた仕事を、機械がやるようになった。職を失った労働者たちが機械をぶち壊す運動なんかを起こしたけれど、その一方で、それまでになかった新しい仕事がどんどん生まれたんです。

 だから、コロナ禍の後、世界がどうなるのかすごく興味がありますね。

 僕が86歳の今でも現役でいられるのは、きっと好奇心が強いから。好奇心を満たすためには、体力が必要なんです。だから毎朝30分くらい散歩をして、マンションの階段を5階まで上がります。肉は体に合わないから、食べるのは野菜と白身の魚。酒とタバコは未成年のときでヤメました(笑)。

 司会をしている『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)は、今年で33年目なんですけど、プロデューサーにいつも言うんです。「続けようとは思うな」と。続けようと思うか
ら、妥協する。目の前の1本を真剣勝負でやる。そうすれば、みんなが認めてくれるんだ、とね。

 僕は、90歳までは現役でいようと思っています。90歳になってもまだやれそうだったら、まだ続ける。だって面白いんだもん(笑)。

田原総一朗(たはら・そういちろう)
1934年生まれ。1960年、早稲田大学を卒業後、岩波映画製作所に入社。1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の開局とともに入社。1977年にフリーとなり、ジャーナリストとして『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』などの番組に出演。テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いた。また、著書も数多く執筆している。1998年には、戦後の放送ジャーナリスト一人を選ぶ「城戸又一賞」を受賞。

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