主君を次々と変えた変節漢?身長190cmを超す規格外の巨漢武将・藤堂高虎 (2/3ページ)
幼いころから大柄で、最終的には身長190センチ、体重110キロという恵まれた体格の持ち主に育ちます。当時の平均身長は154センチ程度だったと言われているので、恵まれたどころか規格外の巨漢だったと言えるでしょう。
藤堂家は武士の家柄でしたが高虎が生まれた頃には没落しており、彼は一兵卒としてそのキャリアをスタート。最終的には徳川家に仕え、伊勢、伊賀に32万石の領地を持つ大名家の創始者となります。
その経歴を見ていきましょう。
一人目・就職はまず地元から最初の主君は地元近江の戦国大名・浅井長政。
織田信長の妹・市を妻に迎え、当初は信長と友好関係を築くも最終的には反旗を翻し、攻め滅ぼされた大名です。
高虎は、浅井家が朝倉家と組んで織田・徳川連合軍と戦った「姉川の戦い」で活躍し、長政からも賞賛を受けます。
実はこれが高虎の初陣で、しかも14歳。末恐ろしい逸材ですが、それだけに妬まれることも多かったようです。
「カッとなってやった」
同僚の嫌がらせにキレた高虎は相手を斬殺し、浅井家を出奔します。
二人目・若気の至り?二人目の主君は阿閉貞征(あつじさだゆき)。
浅井長政が織田信長と敵対すると、信長は浅井家に属していた武将たちの切り崩しを図ります。阿閉はそうして織田側に寝返った武将の一人でした。
高虎は阿閉家に就職しますが、早々にいざこざを起こして先輩を斬り殺し、出奔。しかも今度は二人も。
後に高虎の伝記には
「実はあれ、主君の密命で裏切者を斬ったんですよ」
というフォローが入っていますが、高虎自身が
「カッとなってやった」
と述懐して台無しにしてしまったという微笑ましい(?)エピソードが残されています。
三人目・良い上司を見つけたと思ったら三人目の主君は磯野員昌(いそのかずまさ)。
阿閉と同じく浅井から織田へ寝返った武将の一人で、浅井家では勇将として知られていた人物でした。
磯野は高虎の実力を認めて80石(80石の米が取れる領地を与えたという意味。