日本で初めて「宇宙商社」を設立!“和製イーロン・マスク”の自伝の中身とは? (2/2ページ)
宇宙工学の専門家があまたひしめく世界で、今さら衛星やロケットを作ろうとしても頭一つ抜け出すのは困難です。
しかし、いくら優れた技術があっても利用する人がいなければ、ビジネスは成立しません。政府や研究機関といった「官需」から、「民需」を掘り起こしてパイを大きくすることが求められている時代の流れに永崎さんは目をつけ、「宇宙商社」を設立しました。
ココが凄い3:大物ビジネスパーソンを味方につける魅力
わずか数名のベンチャーだった永崎さんの会社はヒト、モノ、カネが全部ありません。
そんななか、資金面でのバックアップをしてくれたのは、大手紳士服メーカーのカリスマ創業者。また、宇宙ビジネスの話を永崎さんに持ち込んだのは著名な投資家でした。いずれも永崎さんの熱意と人間性にほれ込んでのことです。また、国内外を飛び回り、宇宙関係の様々な人々と出会ううちに、アメリカやスペインの宇宙ビジネスの要人を味方につけていきます。
ココが凄い4:創業1年でNASAやJAXAと協業
創業1年ほどたった時に、ビッグチャンスが舞い込みます。JAXAがISSの日本実験棟である「きぼう」から船外に超小型衛星を放出する民間事業者を公募で選定すると発表したのです。Space BDも手を上げますが、ライバルには日本を代表する大手商社などが名乗りを上げます。
しかし、綿密な準備の末に臨んだプレゼンで、見事に事業者として選ばれました。また、同時期にNASAの地球低軌道商業化スタディにも参入することが決定。がむしゃらに走り続けた結果が実を結んだのです。
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もしかしたら、「もともと、能力のある人だからできた」と思うかもしれません。しかし、実際は違います。新卒で入社した会社を30代前半の若さで退職後、様々なビジネスを手がけるものの上手くいかず、1DKのマンションの天井を眺めながら悶々とする日々を過ごしていたなかで、たまたま話がきた宇宙ビジネスに人生のすべてを賭けたのです。
私たちと同じ、等身大の「悩める若者」がどのように新たな道を切り開いていくのか。傷つきながらも一歩ずつ夢に向かって歩むその姿は、読む人の胸を熱くし、勇気づけることでしょう。
(新刊JP編集部)