徳川家康に天下を取らせた戦国武将・藤堂高虎のフォロワーシップ【後編】 (3/4ページ)
動画の内容を簡単にまとめると
裸の男が一人で踊っている 別の男がやってきて、一緒に踊り始める それを見た他の人たちも踊りの輪に加わる 大勢の人が踊りだし、「踊らない方がおかしい」という状況が出来上がるというものです。
裸の男は、彼一人だけでは「ただの変な人」です。
しかし、別の人間がフォロワーとなって一緒に踊り始めることで裸の男はリーダーになり、最終的にムーブメントを巻き起こします。リーダーの存在は重要です。しかし、一人目のフォロワーの存在も、それに劣らないくらい重要なのです。
高虎がやったことはこれと同じだったと言えるのではないでしょうか。秀吉の没後から徹底して家康支持を貫いたこと、いち早く人質を差し出したことなど、ひとりめのフォロワーとして積極的に行動することによって家康をリーダーにし、家康が天下を取るきっかけを作りました。
そしておそらく、家康はそのことに気付いていました。先祖代々徳川家に仕えてきた者たちにも劣らない待遇を高虎に与えたこと、伊勢・伊賀という戦略的に重要な地を任せたこと、隠居した家康が拠点とした駿府城下の最も良い場所に屋敷を与えたことなどは、その証拠と言えるのではないでしょうか。
そんな理想的なリーダーとフォロワーであった家康と高虎ですが、最後にこんな逸話をご紹介して終わりにしたいと思います。
高虎のお願い江戸幕府の支配も盤石になりつつあった頃、高虎が家康の下を訪れて言いました。
「家康さま、このたびは私の死んだ後のことについてお願いがございます」
「申してみよ(後継者をよろしく頼む的な話かな?)」
「私が死んだら、藤堂家を現在の伊勢からどこか適当なところに移していただきたいのです」
「……え、移さないじゃなくて、移すの!?」
「はい。伊勢は江戸幕府にとって重要な地。