破天荒な人生を送った男が行き着いたのはなぜ「小説」だったのか (1/2ページ)
プロスポーツ選手や、医者、弁護士、俳優。
人がうらやむきらびやかな職業がある一方で、社会の裏方として、目立たないながらも欠かせない職業もある。
「職業に貴賤なし」というのは本当で、どんな仕事にも意義と役割が与えられている。オーサキ・コーさんの『わたし、探偵になっちゃいました』(幻冬舎刊)は、どんなに目立たない仕事であっても誇りと向上心を持ち、ハプニングを怖がるのではなくおもしろがって取り組むことの尊さが際立つ小説だ。
今回は「人は誰でも物語を書くに足る存在」と言い切るオーサキさんにインタビュー。この小説の成り立ちについてお話をうかがった。
■破天荒な人生を歩んできた男が行き着いた「小説」という表現――オーサキさんは現在探偵をされているとお聞きしましたが、『わたし、探偵になっちゃいました』で「小説」という形をとったのはなぜですか?
オーサキ:以前、新聞記事の中で、作家の大江健三郎さんが「人は誰でも、人生に一度は小説を書きたくなるものだ」と言っていたんです。それを読んで、私も含めて人は誰でも物語を書くに足る存在だと思ったんです。それを皆さんに知らしめたかったというのがあります。
正直、本を書くのであれば、エッセイでも自己啓発の本でも、建築の本でもいいわけじゃないですか。だけど、そこでどんなに良質な本を書いても、「食べてはいけない」ということに気がついたんです。なぜかというと娯楽性がなかったり、世間の関心が薄い分野だったりするからです。そこでいうと、小説はまだ一応は読まれていますからね。
――捕鳥、警備、探偵、という主人公「私」の職業遍歴と、そこで経験した人間関係や事件について書かれています。出てくる人がみな個性的でおもしろかったのですが、これはある程度創作が入っているのでしょうか。
オーサキ:エピソードについては実際にあったことが大いに入っているので、フィクションかというと「半フィクション」というのが正しいと思います。