「巨人の敗因は?セ・パ両リーグの“環境の違い”も」達川光男インタビュー

日刊大衆

達川光男
達川光男

 新型コロナなど多くのトラブルに見舞われた2020年の日本球界。シーズンを制したソフトバンクの強さの秘密からセ・リーグのDH制導入まで、セ・パ両リーグで指導者を歴任した達川光男氏に直撃した!

――17年と18年にソフトバンクの1軍ヘッドコーチを務め、2年連続日本一に貢献した達川さんですが、その強さの秘密は、どこにあると思いますか?

達川 王貞治会長が“我々は常勝軍団にならなければならない”という意識を、チームに植えつけたことが大きいよね。もともとV9時代の巨人の中心選手として勝ち続けてきた人だから、3回勝っても1回負けたら、ものすごく機嫌が悪かったもん(笑)。

 王さんが1995年から2008年まで監督としてその下地を作り、会長に就任した後も、秋山幸二監督、工藤公康監督へと継承されていったからこそ、ソフトバンクの今があると思うよ。

 ワシがヘッドコーチ時代、特に感じたのは“凡事徹底”ができているということ。当たり前のことを当たり前にやるのではなく、人にはできないぐらい徹底的にやるという意味なんだけど、それが常勝を目指すチーム全体のキーワードだったな。

 練習にしても、あれほどの実績を残している柳田悠岐をはじめ、成績上位のレギュラー陣が「やらなければ生き残れない。あいつには負けられない」という執念を持って取り組んでいるから、妥協するような選手は一人もいなかった。まあ、柳田がいつも口にしていたのは、「達川さん、勝負事は運だけですよー!」だったけどね(笑)。

 あと、工藤監督が、甲斐拓也や栗原陵矢といった若手選手を我慢強く使って、よく育て上げたよ。特に甲斐なんて育成選手から始まってね。私もキャッチャー出身者として2年間指導したけど、向上心があったし、勉強熱心だった。ノムさん(野村克也氏)の著書は全部読んでいたからね。ワシの著書は買ってもいないだろうけど(笑)。それが今や、日本一のキャッチャーだよ。

 ソフトバンクを4連覇に導き、史上最多5回目の正力松太郎賞を受賞した工藤監督は、もう名伯楽じゃないかな。

■常勝を義務づけられてきたが

――セ・リーグは、巨人が独走状態のまま優勝を果たしました。巨人もまた、長い間、常勝を義務づけられてきたチームですが……。

達川 常勝軍団には変わらないけど、原辰徳監督も第3次政権になって、だいぶ方向転換をしているよね。

 私が広島の選手だった頃、巨人戦といえば、いつもテレビの地上波で全国生中継をしていて、誰もが見ることができた。だから、巨人は負ける試合を見せられなかったし、全勝しなきゃいけないというぐらいの気構えだったと思う。いわば“昭和の野球”というのかな。実際、長嶋茂雄監督、藤田元司監督、王監督が率いる巨人と対戦すると、ひしひしと、その強い思いが伝わってきたよ。

 ところが、平成の途中から地上波の中継が減っていって、令和の今、ほとんどなくなってしまったよね。そうした中、原監督は“令和の野球”をするようになった。全勝を目指すわけではなく、最終的に他の5球団よりも1つ多く勝って優勝すればいいという、ある意味、メジャー流の合理的な考え方に変わったような気がするね。捨てゲームといったら失礼だけど、先を見据えて、選手に無理をさせない柔軟な采配をすることもある。象徴的だったのが、8月9日の阪神戦で大量リードを許した8回裏、野手の増田大輝を登板させたこと。これには賛否両論あったけど、少なくとも“昭和の野球”をしていた頃には考えられなかったことだよ。

 それでも、巨人がペナントレースで1つ多く勝つどころか、圧勝した一因には、戦力だけではなく、監督の差があったと思う。広島とヤクルトが1年生監督、中日と阪神が2年生監督、そして横浜のラミレス監督でも5年目。それに対して、通算14年目を迎えた原監督は、過去にリーグ優勝8回、日本一3回。9月11日には、あの川上哲治さんを抜いて、監督として球団歴代1位の勝利数を記録している。捨てゲームしかり、若手選手の積極的な起用しかり、チーム状況に応じた、全権監督ならではのシーズン途中の選手の獲得や放出しかり……。言ってみれば、他の5球団の監督にはない、百戦錬磨の経験に裏づけられた“集中力の中の余裕”があったよ。ペナントレースで勝ち負けに集中するのは当然なんだけど、原監督だけは、その中で余裕を持ちながら、いろいろな判断を下していたんじゃないかな。

■MVPの栗原は“絶好調男”!

――しかし、巨人は前年同様、日本シリーズに進出したものの、ソフトバンク相手に屈辱の4連敗。最大の敗因は何だと思いますか?

達川 極論を言えば、第1戦の2回表、先発の菅野智之が5番の栗原からツーランを打たれたことで決まってしまったよ。1回表に3番の柳田をスライダーで三振に打ち取って、三者凡退で終わったときは、「ソフトバンクは簡単に点が取れないな……」と思ったんだけどね。でも、栗原に対しては、ツーボールからの3球目のスライダーが甘く入って、打たれてしまった。菅野ほどのピッチャーになれば、日本シリーズで緊張するなんてことは、まずないだろう。だから、もしかしたら、ほとんど対戦したことがない若手の栗原を見下ろして、“置きにいった”のかもしれないね。同じスライダーでも、柳田に対しては「スライダーー!」だったのに、栗原には「スラ~イダ~~」って感じだったから(笑)。

 巨人としては、まだ2回表で2点リードされただけだったけど、ソフトバンクの先発はエースの千賀滉大。150キロ以上の球をボンボン投げ込む、パ・リーグを代表するピッチャーが相手だと考えると、巨人の中でも優秀な選手ほど、早い段階で「これはまずいな……」という焦りの気持ちが生まれたんじゃないかな。それに、ヘッドコーチ時代から知っているけど、栗原は勢いに乗ると怖い選手なんだよ。元巨人の中畑清さんみたいに、「絶好調~!」っていう感じになる(笑)。だから、あのホームランがきっかけになって、その後も打ちまくったし、シリーズMVPまで獲得できたんだと思うよ。

 逆に巨人にとっては、エースの菅野が栗原に打たれて負けてしまったのが誤算だった。ソフトバンク打線を抑えられるのは菅野しかいなかったから、結局は菅野頼みだったし、日本シリーズで1回しか登板できなかったのがすべてだろうね。野球評論家にしてもマスコミにしても、日本シリーズの前から、「両エースが先発する予定の第1戦を制したほうが優勝する」という予想が多かった。でも、もしノムさんが巨人の監督だったら、菅野を千賀にぶつけず、第2戦の先発にしていたかもしれないよ。昔は、まずは1勝1敗を目指すという考え方があったからね。ただ、原監督は逃げずに向かっていくタイプだから、そんなことは頭の中になかっただろうなあ。

■DH導入で球界はこう変わる

――その結果、パ・リーグのチームが8年連続で日本シリーズを制覇。なぜ、ここまで実力格差が生まれてしまったのでしょうか?

達川 やっぱり、「環境が人を育てる」という面はあるんじゃないかな。プロ野球の世界では、スピードとパワーと正確性が重要視されているんだけど、たとえば、スピードボールを投げるピッチャーに関していえば、パ・リーグのほうが断然多いよね。ここ数年だけ見ても、ダルビッシュ有田中将大大谷翔平と、みんな150キロを優に超えていたもん。今だって、千賀みたいなオバケがいるし(笑)。同じリーグに、そんなピッチャーが数多くいれば何度も対戦しているうちに、スピードには慣れてくる。高速道路で長時間運転しているときと一緒だよ。ただ、バッターも黙って見ているわけにはいかないから、なんとか打ち崩すために、徹底的にバットを振り、筋力トレーニングなどを続ける。それによって、パワーがアップし、スイングスピードも上がるから、スピードボールに対抗できるバッターに成長する。ソフトバンクの選手でも、柳田や中村晃のボールを遠くへ飛ばす力は本当にすごいでしょ。日本シリーズでホームランを2本打った甲斐だって、9番バッターで、あれほどのスイングができるんだから。これがまさに、「環境が人を育てる」ということなんだよね。

 それに対してセ・リーグには、そこまで速いピッチャーは少ない。だから、日本シリーズで対戦すると、バッターは圧倒されてしまうんだろうね。ただ、私の現役時代にも、すでに「ストレート打ちのパ・リーグ、変化球打ちのセ・リーグ」という言葉があってね。「セ・リーグのバッターは変化球に強いけど、速い球には弱い」って言われていたんだよ。

 86年の日本シリーズで、黄金時代の西武と対戦したときも、渡辺久信とか工藤公康とか郭泰源とか、みんな速かったもん。ストレートと分かっていても振り遅れるし、すぐに対応するのが難しかったなあ。

――実力格差を埋める方法の一つとして、「セ・リーグもDH制を導入すべき」という声も多いです。特に原監督は、19年の日本シリーズ敗退以降、公の場で提唱し続けていますよね?

達川 確かに、原監督の考えにも一理あるよ。ピッチャーは自分の打順は関係ないから、ピッチングに専念できるし、より長いイニングを投げられる。相手の打順も野手が9人並ぶことで、常に全力投球が求められる。野手で言えば、スタメンから、1人多く出場機会を与えて経験を積ませることができるのも利点だね。つまり、ピッチャーも野DH制導入を提言している原監督手も鍛えられるから、セ・リーグ全体の底上げになるということだよね。

 しかし、DH制にしたからといって、すぐにパ・リーグに追いつけるとは思わないけど、実力が拮抗すれば、日本シリーズや交流戦でも見応えのある試合が増えるのは間違いない。そうしたら、今まで以上にファンも喜んで、球場に足を運んでくれるようになるし、90年近く続いてきたプロ野球の発展にもつながっていくだろうね。

――プロ野球の未来まで語ってくれた達川氏。来シーズンも選手たちの熱い戦いを期待したい。

●たつかわ・みつお 1955年7月13日生まれ 広島県出身右投右打選手通算成績 1334試合 打率.246安打895 本塁打51 打358

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