<歌手生活50周年・特別インタビュー>八代亜紀「私が歩んだ昭和炎歌」(1)昭和の匂いがする居酒屋で (2/2ページ)

アサ芸プラス

そんな時代に愛を求めて信じる男女。夫婦でも恋人同士でも聴いてほしい歌ですね。

──15歳でバスガイドを辞めて熊本から上京してきた八代さんは、これまでつらい経験もたくさんあったかと思います。

八代 バスガイドをしている頃は父をだましていました。ジュリー・ロンドンというアメリカのジャズシンガーに憧れ、ステップアップを考えてキャバレーで歌いました。私はクラブシンガーとして歌っていたいだけなのに、父に正直に言ったら絶対に許してくれない。だからバスガイドをやると。それなら許してくれるのではという、15歳の女の子のあさはかな抵抗でした。でも3日でバレて、ものすごく叱られました。あの時の父の怒った顔を今でも思い出します。叱っている顔を見上げてみたら泣いていました。父もつらいんだ、すごい親不孝をしたんだと思いましたね。苦労した父になんてことを‥‥。いつか父を助けなきゃ。ずっとそう思ってきました。

 その時、父には「不良はいらない。お父さんの子じゃない」と言われて。東京で苦学して医者になりたてだった従兄に、母が、面倒を見てと頼んでくれて。「いいよ」っていうので上京しましたが、従兄は新婚ホヤホヤだったんですよ。住んでいたのは目黒の四畳半だけど、そこに3人で川の字で寝かせてもらって(笑)。

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