不景気で専業主婦志向の女性が増加?でも「男は仕事、女は家庭」の歴史は意外と浅かった? (2/4ページ)
そのように家事・育児に専念するスタイルの女性は、第二次世界大戦が終わり高度経済成長期を迎えるまでは、ほとんど存在しませんでした。
「えっ!?武士の妻などは、伝統的に『良妻賢母』が当たり前だったのでは?」
と思った方もいるかもしれませんが、そもそも「良妻賢母」という言葉・概念も1902(明治35)年の全国高等女学校長会議で当時の文部大臣・菊池大麓(だいろく)による
「女子教育の目的とは、良妻賢母の育成である」
という趣旨の訓示から生まれた、比較的新しいものなのです。
江戸時代までは、日本の人口の大半は農民だったため、男女関係なく外で仕事をするのが当たり前でした。
また商人の家では妻が「女将」として店を仕切り、職人の妻も物売りや仕立てなどの副業をしているのが一般的。
さらに「大和撫子」「古き良き『良妻賢母』」の見本のように考えられている武家の妻も、時代劇や映画のように帰宅した夫を三つ指ついて迎え、刀を預かって夫の後に従って屋敷の奥へ…だけではありません。
上級武士の家では、正室には「奉公人を管理する」という仕事がありましたし、さらに身分の高い将軍の正室である御台所や天皇の后などには「大奥や後宮をトップとしてまとめる」という重要な仕事がありました。
下級武士になると、薄給で生活が苦しいことが少なくなかったこともあり、妻が内職などもしていました。
「妻だから家事・育児だけに専念する」ということは、現実的にほぼ無理だったのです。