東山紀之「借金取りに風呂はプール」平野紫耀、タッキー…壮絶幼少期J (5/7ページ)
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さらに義父はだんだんと母親にも暴言を吐くようになり、横山は母の泣き声を耳にしていたと話していました」(女性誌ライター)
そういった状況から抜け出すために「早く自立して2人の弟を養いたい」という思いが芽生え、中学卒業後に建設会社で働き始め、同時にジャニーズJr.のレッスンにも通うようになる。
しかし、横山をさらなる試練が襲う。
■母の死、弟の記憶喪失
「2010年5月、横山のソロコンサート直前に母親が急逝してしまうんです。2017年1月放送の『A-Studio』(TBS系)で横山は当時の心境について語っています」(前出の女性誌ライター)
母の訃報を聞いたあとも、横山は「お客さんには楽しんでもらわなきゃ」という思いで気丈に舞台に立ち続けたものの、母親への感謝の思いをつづった楽曲『オニギシ』を歌う際に、「もうお客さんのほう見られなくなって、後ろ向いて“ウワー!”ってパニックみたいになって、涙出てもうて……」と当時を振り返った。
「横山には2人の弟がいますが、母親が亡くなってからは“弟たちが一人前になるまで絶対に俺が面倒を見る”という覚悟で芸能活動を続けたといいます。しかし、6つ下の弟は母親の死のショックから約2年間、記憶喪失になってしまったそうなんです。
その後、何度か一緒に旅行に行ったりするうちに記憶が戻ったといいますが、横山の壮絶なエピソードを聞いた笑福亭鶴瓶(69)も“お前、えらい苦労してんなぁ”と驚きを隠せない様子でした。