女も男も抱きまくる!?愛され僧侶・一休さんとモデル「一休宗純」の差に驚愕!驚きの珍行動を紹介 (3/3ページ)

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正月にドクロを持って練り歩く

正月には、お墓から持ってきたドクロを杖につけて「ご用心、ご用心」と各家を訪ね歩いたと言いますから、掘り返されたドクロもさぞ驚いたことでしょう。

お地蔵様に大量の小便

お地蔵様の開眼供養が終わったあと、なんと、お地蔵様の頭に大量の小便をかけて立ち去ったという説もあるなど、僧侶らしからぬ行動が多く見受けられます。

破戒僧の転機~77歳で出会った盲目の美女「森女」~ 大徳寺の三門(重要文化財)

画像:写真AC

一休が77歳のとき、美女とされている盲目の女旅芸人「森女(しんじょ)」と出会い同棲、亡くなるまでの10年間をともに過ごしています。

この森女との出会いが一休に転機をもたらし、過激だった行動が穏やかになったとも。

また、81歳には大徳寺の住職となり、応仁の乱で焼失した大徳寺の伽藍を復興させるため、大阪「堺」の豪商たちにはたらきかけるなど尽力しました。

そして、京都府京都田辺市にある「一休寺(酬恩庵)」にて88歳の生涯を閉じています。

「愛され一休さん」ができるまで

「一休咄」は作者も不明のうえ、一休をモデルとした話のほか、ほかの僧侶たちの話なども一休さんに置きかえて描かれたものだと言われています。

そのため、驚きの珍行動をとっていた実像の「一休」とは大きな差ができ、愛されキャラの一休さんだけがひとり歩きをしてしまったのでしょう。

ですが、謙翁や華叟のもとでは熱心であったとの説もありますし、民衆との距離は近かったとも言われています。

大徳寺の伽藍を復興させるために私財を投げうって資金調達をしたと言われる尾和宗臨(おわそうりん)も、一休に参禅していました。

また、正月にドクロを持って各家を訪問したことやお地蔵様に小便をかけたことも、理由があってのことではないかという説もあります。

インパクトある破天荒な僧侶だったからこそ人々の記憶に残り、破戒僧であったこともまた、人々にとっては身近に感じられたのかもしれませんね。

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