「東京五輪無くなったら…」内村航平“魂の訴え”と世論のズレは埋まるか (2/2ページ)
五輪開催を願うアスリートの想いと、コロナ禍の恐怖に脅える国民との間には、開催への熱量に少なからずギャップがあることは否定できず、今回の内村選手のコメントについても世間からは『この状況で人が大勢集まる巨大なお祭りを行うことはどう考えても無理がある』『気持ちをわかってあげたいのだが、国民の命を危険に晒すとか、医療従事者の皆さんにこれ以上の負担を強いるわけにはいかない』『学生達の修学旅行やスポーツ大会等色々な事が中止になり、大学にも通えなくてオンライン授業しか受けてない学生、就職の内定の取り消し、職を失なった人達、限界を越えて頑張ってくれている医療従事者達と皆、大きい犠牲を受けている。オリンピック中心で世の中回っているわけではない』といった指摘が寄せられています」(ネットライター)
ただでさえ第三波の感染の勢いが国内でコントロールし切れずにいる最中ということもあり、相変わらず世間から向けられる五輪開催への目は厳しいものとなっている。
“できない”と諦めるのではなく、「どうやったらできるかを皆さんで考えてほしい」と主張した内村選手だが、その強いメッセージはまだまだコロナ禍に喘ぐ国民には伝わりづらいのかもしれない。
(木村慎吾)