フリーアナ市野瀬瞳が語る新潟総合テレビ時代「自分で取材をして、手書きでメモを取って、小さいカメラを回して撮影して、局に戻って原稿を書いて、BGMを選んで、テロップの発注もやって」【独占告白1/10】 (2/2ページ)

日刊大衆

自分で取材をして、レコーダーもなかったので手書きでメモを取って、小さいカメラを回して撮影して、局に戻って原稿を書いて、BGMを選んで、テロップの発注もやって。

──思った以上になんでもやるんですね。

 当時の名刺の肩書きは「アナウンサー」ではなく、「新潟総合テレビ 報道部」でしたから。アナウンサー半分、ディレクター半分という感じですね。BSフジの特番で地方局のアナウンサーとして呼んでいただいたこともあったんですけど。

──ディレクターとしてのスキルも身につきましたか。

 私が担当していたのはニュース番組と情報番組でしたが、おかげで編集もディレクションも含めて2年ほどでほとんどの仕事ができるようになりました。

──それで、さらなるキャリアアップを図って転職を考えたと。

 バラエティをやりたいという思いもあって転職を考えていたある日、名古屋の中京テレビの中途採用の募集が目に止まったんです。そのとき私は入社5年目だったので、これが最後のチャンスだなと思って応募しました。

(取材・文 舩山貴之)


PROFILE
いちのせ ひとみ
1984年12月25日生まれ、新潟県出身。横浜国立大学経済学部卒業後、新潟総合テレビ、中京テレビでの局アナを経てフリー。

「フリーアナ市野瀬瞳が語る新潟総合テレビ時代「自分で取材をして、手書きでメモを取って、小さいカメラを回して撮影して、局に戻って原稿を書いて、BGMを選んで、テロップの発注もやって」【独占告白1/10】」のページです。デイリーニュースオンラインは、市野瀬瞳インタビューエンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る