戦国時代まで遡る、土佐の郷土料理「カツオのたたき」の表面が炙られている理由 (2/4ページ)
「これでわしも、国持ち大名の仲間入りじゃ!」
妻と共に立身出世を果たした山内一豊。Wikipedia(撮影:立花左近氏)より。
喜び勇んだ一豊でしたが、赴任した土佐国では、関ヶ原に敗れて国を追われた旧主・長宗我部盛親(ちょうそかべ もりちか)への義理立てもあって、とても歓迎ムードではありません。
「けっ、ろくに槍働きもせず、口先ばかりで成り上がった軟弱者が!」
対する一豊たちも土佐国を野蛮な土地(※)と見下していたようで、現地の風習になかなかなじめず、山内家と土着武士(長宗我部旧臣)たち両者の確執は幕末まで続くことになります。
(※)土佐は三方を険しい山々に囲まれ、また南の海も波が荒いため、昔から「陸の孤島」として流刑地とされていました。
そんな一つがカツオの刺身。いくら獲れたてとは言え、足の早い(傷みやすい)カツオを生で食べるなんて……さっそく一豊は禁令を出しますが、土着武士たちは聞く耳を持ちません。