自分の母親を殺そうとした男の末路…平安時代の説話集『日本霊異記』が伝える親心エピソード

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自分の母親を殺そうとした男の末路…平安時代の説話集『日本霊異記』が伝える親心エピソード

昔から「出来の悪い子ほど可愛い」などと言いますが、どんな子であっても、愛さずにはいられないのが母親というもの。

それこそ命をかけて世に生み出した子供ですから、たとえ命の危機があろうと省みずに我が子のことを思い続ける母親は少なくありません。

今回は平安時代の説話集『日本霊異記(にほんりょういき。日本国現報善悪霊異記)』より、とある男とその母親のエピソードを紹介したいと思います。

鬼に惑わされた男の末路

今は昔、とある男が(モノ。悪霊)にとり憑かれてしまいました。

(……せ、……殺せ、……そなたの母を、殺せ!)

そなたの人生が上手くいかないのは、すべて母親のせいだ……あやつはそなたを愛しているようでいて、実は愛情を隠れ蓑に、そなたをスポイルしているのだ……あの母親を殺さずして、そなたの成功はあるまいぞ……!

最初はそんな声に耳を傾けなかった男ですが、次第に心の隙を衝かれて鬼の言い分を信じるようになってしまいます。

「殺す!殺す!俺は、母(ヤツ)を殺す!」

鬼にそそのかされ、母親を殺す妄執にとりつかれた男(イメージ)。

見開いた眼を血走らせ、一心不乱に刀を研ぎ続ける息子の異変に気づき、母親は問いただしました。

「若(も)し、汝(なんじ)鬼(もの)に託(くる)へるにや」
【意訳】もしかして、お前は鬼にたぶらかされているんじゃないのかい?

託うとは狂うの意味で、ここでは鬼に心を託して(奪われて)しまったことを示しています。

「うるせぇ、この××婆ぁ!お前みたいな△□なんか☆〇してブッ殺してやるんだ!」

「そんな罰当たりなことを言ったらダメ!いつもの優しいお前に戻っておくれ!」

「黙れ黙れ黙れ……っ!」

必死の説得も聞く耳持たず、息子が研ぎ上がった刀を振りかざして母親に斬りかかった、次の瞬間。

「あぁっ!」

どうしたことか足元の地面がバックリと裂けて、息子は奈落の底へ落ちかけます。
(※)『日本霊異記』では、こういう不思議なエピソードが集められています。

「危ないっ!」

母親がとっさに息子の髪をつかんだお陰で、息子の身体は宙づり状態となりましたが、成人男性の体重を、年老いた母親一人で支えるのは大変です。

これは息子に対する天罰に違いない……母親は必死に耐えながら、天を仰いで叫びます。

「吾(あ)が子は物に託(くる)ひて事を為せり。実(まこと)の現(うつ)し心には非ず。願はくは罪を免(ゆる)し給へ」

【意訳】私の息子はモノノケに狂わされてこんな事をしてしまったのです。本心から私を憎んでいる訳ではなく、本当はとてもよい子なのです。どうかこの子の罪をお許し下さい。お願いします!

「うるせぇ、××婆ぁ!痛ぇじゃねぇか、放しやがれ!」

この期に及んでも錯乱状態の息子は自分を助けようとしている母親への悪態をやめず、また天もその罪を許すことなく、息子の髪がブチブチと切れてしまいました。

「あぁ……」

地獄の業火に焼かれる者たち。Wikipediaより。

かくして息子は奈落の底へと真っ逆さま……きっと地獄の業火に焼き尽くされてしまったことでしょう。

終わりに

……と言う、実に救いのないエピソードですが、どんな状態であろうと、それこそ自分が殺されようと子供だけは助けたい親心がひしひしと伝わって来ます。

しかし、今回は鬼に惑わされてしまったものの、そもそもこういう事態に陥らないに越したことはありません。

一、赤子はしっかり肌を離すな
一、幼児は肌を離し、手を離すな
一、少年は手を離し、目を離すな
一、青年は目を離し、心を離すな

これは「子育て四訓」と言うそうですが、子供は成長段階に応じて適切な距離感をもって愛情を伝えることで、鬼にも惑わされない親子の絆が育まれるのではないでしょうか。

※参考文献:
小山聡子『もののけの日本史 死霊、幽霊、妖怪の1000年』中公新書、2020年11月
高橋貢ら訳『日本霊異記』平凡社、2000年1月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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