京都を代表する神社の1つ「平安神宮」実はかなり新しい神社だった!? (2/3ページ)
かつて都として栄華を誇った京都の町は幕末の戦乱により荒廃し、さらに明治維新によって首都が東京へ移ったことにより、その衰退ぶりは決定的なものとなってしまっていました。
「古き良き京都を取り戻し、後世に伝えていこう」
そんな多くの人々の祈りを込め、平安神宮は「現代の平安京」としてよみがえったのです。
平安神宮は、最初は実際に大内裏があった千本丸太町に朱雀門を建てる計画となっていたほど、本格的に「京の都の再現」を目指したものでした。
しかしそれは、残念ながら実現はしませんでした。理由は用地買収の失敗で、このため現在の平安神宮の所在地となっている京都府京都市左京区岡崎に変更となります。
華やかな朱色を基調とした大極殿(だいごくでん・外拝殿)・応天門(おうてんもん・神門)・蒼龍楼(そうりゅうろう)・白虎楼(びゃっころう)・歩廊・龍尾壇(りゅうびだん)などの主要な建物は、創建当時に造られたもの。
その後1940(昭和15)年に孝明天皇がご祭神に加えられた際、本殿・祝詞殿・内拝殿・翼舎・神楽殿(かぐらでん・儀式殿)・額殿(がくでん)・内外歩廊斎館・社務所などが増改築されました。

