ガードの固い才女『小野小町』の食生活は科学者並み!?その美貌の秘密とは (2/6ページ)

Japaaan

小町に恋した深草少将が、「一日も休まず、私のもとに百夜通いをしてくれたら、あなたの胸に抱かれましょう」といわれ、雨にも風にもめげずに「百夜通い」をします。少将は九十九夜まで通い続けますが、最後の夜に精根尽き果て、雪に埋まって凍死してしまうのです。

小野小町は、先に挙げた『草子洗小町』と『通小町』のほか、『卒塔婆小町』など、謡曲の題材にもずい分とり上げられてきました。これも彼女の美しさゆえなのでしょう。

また、小野小町は美しいだけではなく、歌の才能にも恵まれていました。つまり彼女は才色兼備の女性だったのです。『古今和歌集』には彼女の歌が十首以上も記載されており、六歌仙にも選ばれています。

そんな小町ですが、なぜか彼女はめったに素顔を見せなかったとも言われています。のみならず、言い寄る男たちの求婚を片っ端から断り続けて生涯独身を貫きました。深草少将の死にまつわる物語は、小町のそんな「ガードの固さ」の伝説があったからこそ生まれたのでしょう。

『玉造小町子壮衰書』にみる小町像とその食生活

さて、平安中期あるいは末期の著作とみられる『玉造小町子壮衰書』の主人公に、小町をモデルにしたといわれる「玉造小町」が登場します。彼女はたぐいまれなる美貌を持ち、さる金持ちの貴族の寵愛を受けて贅沢三昧の生活をしていたというストーリーです。

これを読むと、小野小町は、人前に顔を出さないわりには、美の追求には貪欲だったと分かります。美容にいいという食べ物があれば、それが豪奢な珍味であろうとも積極的に取り寄せて摂取していたのです。

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