多数の死者を出した「安政の大地震」勃発!当時世界最大級だった都市・江戸は一瞬で荒廃する (2/5ページ)
『愛宕山から見た江戸のパノラマ』 撮影者:フェリーチェ・ベアト 1865-1866頃(Wikipediaより)
安政の大地震の死者の中には、歴史を変えた傑物もいた!?
この地震では、当時の幕府要人も被災しました。その一人が水戸藩の側用人・藤田東湖です。
東湖は前藩主・徳川斉昭(当時は海防参与)の腹心でもありました。
『正気歌』、『弘道館記述義』の著者としても知られ、尊王攘夷運動に大きな影響を与えた人物です。
震災の当日、東湖は小石川の藩邸を訪問。一度藩邸内の自宅に戻った時に地震の揺れに見舞われました。
東湖は自身の母親と一度は脱出することに成功します。しかし火鉢の火を心配した東湖の母が屋敷に戻ってしまいました。東湖も母を追って屋敷に戻ります。
そこで東湖は母を庇い、落下してきた梁を肩で受け止めました。
家老の岡田兵部らが救出に駆けつけると、東湖は母親を脱出させます。東湖は安堵したのか、そのまま梁の下敷きとなって圧死しました。
腹心の死に、水戸藩の前藩主・徳川斉昭は大いに悲しみました。