多数の死者を出した「安政の大地震」勃発!当時世界最大級だった都市・江戸は一瞬で荒廃する (3/5ページ)
安政の大地震による死者は、大名屋敷の三分の一で出ていた
大名屋敷は266家のうち、三分の一を超える116家で死者が発生しています。顕著な被害を受けたのが、丸の内の大名小路にあった55家の屋敷です。ここはほぼ全てが何らかの被害を出しています。
旗本や御家人の死傷者数は不明ですが、建物の被害は全体の約80%と推定されます。
大名小路は、親藩や譜代の大名屋敷が立ち並んでいたためにその名前で呼ばれます。さらに大名小路には、勘定奉行や南北の町奉行所、評定所が置かれていました。一帯には当時の行政機関が集中しています。
江戸は「武士の街」と言われます。まさにこの大名小路こそ武士の街といった様相を示す区域でした。
一方で麹町は多くの町人が居住した地域です。江戸の山の手の中でも、屈指の人口密集地域であったため、被害は格段に大きくなりました。