伝承は本当だった!戦国時代、武田信玄が作らせた不動明王像の作者が判明! (2/3ページ)

Japaaan

康住(こうじゅう)とは康清の実弟に当たる仏師で、いよいよ本格的な上洛に乗り出そうとした信玄公が不動明王の御加護を得ようと(あるいは死後も不動明王として武田家を加護しようと)二人を招き、自身をモデルにした仏像制作を発注したものと考えられます。

12日に開かれた記者会見において、仏像調査を担当した岡田靖准教授は「仏像の内部は漆で塗られていた。金や銀を使った丁寧な彩色が施された」「高いクオリティで細部まで入念に作られており、この時代を代表する像と言える」などと評価。

また恵林寺の古川周賢住職も「(信玄公の生誕500年という)節目の年に、言い伝えが裏づけられてよかった。これも信玄公のお導き」と喜びのコメントを発しました。

仏像は山梨県立博物館(かいじあむ)の開館15周年記念特別展「生誕500年 武田信玄の生涯」において、4月14日(水)~5月10日(月)にかけて展示される予定で、守屋正彦館長は「(リアルな)肖像でなく、なぜ仏像をつくらせたのか。『不動明王が攻めるぞ』という宣伝に使ったかもしれない。様々な解釈を考えてほしい」とコメントしています。

「甲斐の虎」と恐れられた信玄公。その眼光と口許に不動明王っぽさが感じられる。土佐光起筆

自分の死後、カリスマを失って前途多難となろう覇業を受け継ぐ者たちを、いついつまでも加護せん(仇なす敵を撃ち滅ぼさん)と志して作らせたのか、あるいは別の意図があったのか……。

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