どれが好きだっけ。ステイホーム期間に見失った感覚は? (2/2ページ)
――ラクだけど、最低限の緊張感を支えてくれる服を。
そう考えて、衣裳のような服でいっぱいになったタンスを無我夢中でひっくり返す。ピンときたのは、白いTシャツとジーンズだった。
白いTシャツは替えがたくさんあるし、ジーンズは毎日履いても飽きが来ない。その上、頻繁に洗わなくてもいいのも、疲れた心にやさしかった。それまで着ることがなかったシンプルな服に袖を通すと、新しい繭を得たようにホッとする。今の身体が求めていた服だったのだと感じる。
身体がすっかり安心した状態で鏡の前に立ってみると、今度は顔の方が色を欲しがっているような気がした。顔の欲求に導かれるままに、バーガンディのアイラインを太めに引く。使いどころが分からなかった白いアイラインも重ねてみると、鶴のような新しい顔が現れた。
今度は手と足に「さみしい」と言われた気がして、ゴツゴツした指輪をはめ、赤い靴下を履く。
自分の内なる声に耳を傾けるようにして服を選んだり、メイクを考えたりするのは初めての体験だった。
――訪れる場所や人の視線を意識せずとも、おしゃれを楽しめるんだ。
そんな小さな自信が、私の内側に芯を通したようだった。
■静かなおこもり期間が私にくれたもの
訪れる場所に合わせて、服を選ぶのが好きだった。それは今でも変わらない。
けれど、“外側”にだけ合わせた服やメイクはどこかバランスが悪かったかもしれないと今になって思う。そもそも、服は毎日変えるのに、メイクの仕方はいつも一緒なのはやっぱり不自然だ。
そんなことにも気付けなかったのは、外側の“周波数”ばかりにチューニングして、内なる声を聴こうとしなかったからではないだろうか。
振り返れば、他人の視線や考えばかりがいつも頭にあった。そうやって私は、服やメイクに限らず、自分の声を無視してきたのかもしれない。
訪れる場所や人の視線を意識せずとも、おしゃれを楽しめる。 「その日、どんな自分でありたいか」の答えは、すでに私の中にある。
その気付きは、静かなおこもり期間が私にくれた贈り物だ。
(文:佐々木ののか、イラスト:フルカワチヒロ)