浮世絵師・鈴木春信は何故か「空を飛ぶ女」を描くのがお好き

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浮世絵師・鈴木春信は何故か「空を飛ぶ女」を描くのがお好き

鈴木春信(すずきはるのぶ)といえば、言わずとしれた浮世絵の大家です。その作品の内容も多岐に渡りますが、何故か「飛ぶ女」シリーズ・・・と括ってもいいような、空を飛ぶ女性たちを描いた浮世絵が何点か見受けられます。

今回は日本人にも身近な鳥である“鶴”に乗った女性を描いた作品をご紹介します。

鶴に乗る女性 やつし費長房 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

やつし費長房 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

上掲の絵のタイトルは「やつし費長房」です。

まず“やつし”とは、古典的な題材や人物を当世風に置き換えてみること。当世風と言ってもこの時代のことを指しますので江戸時代ということになります。

“費長房(ひちょうぼう)”とは中国後漢の時代に“仙人”になることを望む修行者の一人でした。“仙人”とは中国本来の神々や、修行を重ねて神に近い存在になった者たちの総称です。

ある日費長房は売薬店を営む“壺公(ここう)”という老翁が、落日のときに店先に吊るしてあった壺にするりと入りこんだのを目撃します。

仙佛奇蹤_卷二_費長房 ウィキペディアより

仙佛奇蹤_卷二_費長房 ウィキペディアより

費長房が壺公の元を訪ねると、壺公は自分の秘密を見届けるとは見どころがあると、費長房の袖をとり壺の中に入りました。

するとそこは大変美しい世界で荘厳な建物が立ち並び、費長房は美酒佳肴で饗されました。

壺公は『自分は過ちを犯し仙人界から追放されていたが、その時期ももう終わりに近くなった』と費長房に告げると、費長房は『私も仙人になりたいのです。貴方の元で修行させて下さい』と申し出ました。

そして費長房は壺公の元で修行を積むのですが、仙人になることは叶わず、元の世界にもどることになります。

その際に壺公から地上の鬼神を支配出来る1巻の護符を授かりました。

地上に戻った費長房は授かった護符により、人々の治病に従事したり、人心を惑わす鬼神を懲らしめるなど人々の生活の安寧に務めました。

また大地の中の地層や地下水の“気”の流れを自由自在に操り、幾千里もはなれた場所を瞬時に往来することができる技をも会得したのです。

なぜ「費長房」なのか

“費長房”はとても有名な人物ですが、何故鈴木春信はあえて“費長房”を題材として用いたのかということについて考えてみました。

実は「曾我物語」の中に“費長房の話”が書かれているのです。

「曾我物語」と言えば、江戸時代に能や人形浄瑠璃そして歌舞伎などで何回も催された江戸の人々に大変人気のあった物語です。

「曾我物語」の内容を簡単にご説明すると、“幼くして父を殺された曽我十郎と曽我五郎の二人が、長年の間苦労を重ねながらついには源頼朝が富士の裾野で行った巻狩において父の仇討ちをする”という話であり、日本三大仇討ちの一つと言われています。

曾我物語圖會 画:歌川広重 ウィキペディアより

曾我物語圖會 画:歌川広重 ウィキペディアより

この「曾我物語」の事の始まりとなる曽我兄弟の父親が殺される場面で、“費長房の話”が出てくるのです。

話の細部には多少の違いが見られます。

「曾我物語」では、費長房は壺公が壺に入るのを見て、この人は只者ではないと考え3年間壺公に仕えます。壺公が『何故3年もの間、私の言うことに一つの違えもなく従い仕えているのか』と聞くと、『私は仙人になりたいのです。どうか壺の中に入る術を教えて下さい』と答えます。

壺公は『それならば私の袖につかまりなさい』と言い、二人は壺の中に入りました。

壺の中は大変素晴らしい世界が広がっていました。費長房はそれらをじっくりと見回ると『さあ壺から出ましょう』と言います。

壺公は長房に竹の杖を与えて『それを付いて出よ』といい、費長房が杖をつくとあっという間に元の世界に戻りました。その杖を捨てると、杖は龍となって空に昇っていきました。

そして費長房も鶴にのって空に昇っていきました。これも費長房が長年の間、功を積んだために出来たことなのです、というように描かれています。

このように“費長房は鶴に乗って空に昇っていった”ということは「曾我物語」を通して江戸時代の人々に知られていたことであり、題材として庶民にも受け入れられやすいものだったのです。

やつし費長房 やつし費長房 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

やつし費長房 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

さて、もう一度「やつし費長房」を見てみましょう。大きく翼を広げた鶴の上に若い女性が乗っています。女性の着物の柄を見てみると、

やつし費長房(袖の部分) 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

やつし費長房(袖の部分) 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

大きな葉に五弁の白い花、そして蔓が描かれています。これは“ひょうたんの花”なのです。費長房が仕えた壺公が入っていた壺はひょうたん型。それに寄せて描かれたと思われます。

また扇の中に霞が描かれています。扇は“末広”の形から“繁盛・開運”などを意味し、扇いで風を起こすことから風や天のイメージがあります。

霞は“遠近”つまり霞の奥にあるものを直接描かずに表現するという意味があり、霞に隠れた遠くの場所(つまり仙人が住むという世界)を匂わせています。

やつし費長房(袖の部分2) 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

やつし費長房(袖の部分2) 画:鈴木春信 大英図書館所蔵

ほかの扇の中には“雲”が描かれています。雲とは空に浮かぶもの、果てしなく広がるもの。その遥か彼方に“仙家”という仙人の住むと世界があります。

“鶴”は「仙家の霊鳥」と言われており、その雲を越えて仙人の住む世界と地上とを行き交うのです。

女性に身をやつした費長房は手に巻物のようなものを持っています。費長房は手に書物か巻物をもって描かれることが多く、それは壺公に授けられた“護符”ではないかと考えられます。

このように費長房に関するモチーフを描きこんで「やつし費長房」は描かれているのです。

鶴の上に乗る遊女

鈴木春信の作品には他にも鶴に女性が乗る絵があります。

鶴上の遊女 画:鈴木春信 シカゴ美術館所蔵

鶴上の遊女 画:鈴木春信 シカゴ美術館所蔵

上掲の「鶴上の遊女」はその名の通り、華奢な手をついて長い文を読む、品の良い顔立ちの遊女が鶴の上に乗っている姿を描いています、と言いたいところなのですが。

鶴に乗った人物が「費長房」かどうかの見分け方は、手に書物か巻物を持っていること。

すると、この作品の遊女が持つ文も巻物の形状をしているところから“費長房の姿を遊女にやつしたものとではないか”という見方も出来るのです。

キセルか何かを持っていてくれれば深読みせずにすむのに・・・。

ともあれ、この作品で注目すべきは“鶴”だと思います。鶴の羽毛の部分は“きめ出し”という手法がとられており、鶴に触れれば羽の柔らかさを感じられるかのような技法は秀逸です。

いずれにせよ、この作品を描くにあたり鈴木春信の心中を“費長房”がよぎったことは間違いないでしょう。

最初に、鈴木春信を“浮世絵の大家”と記しましたが、それであるがゆえに世俗にまみれざるを得ない部分もあったでしょう。世俗にまみれていない人間などいないのかもしれません。だからこそ当時の人々は穢れなき存在とされる仙人にも憧れ、鈴木春信もそれを求めたのかもしれません。

まだまだ鈴木春信が描く「飛ぶ女」はありますが、またいずれかの機会に。

(完)

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