さらさら流れる「春の小川」はいずこ?東京五輪を機に地下に埋設され渋谷の地下でひっそりと【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

春の日の小川沿いの散歩から生まれた

東京都渋谷区代々木にある高野辰之の住居跡(写真:wikipedia)

「春の小川」の作詞者・高野博士は、明治42年(1909)から、現在の東京都渋谷区代々木界隈に住んでいました。

当時、その土地には「河骨川(こうほねかわ)」という小川が流れていました。そして、岸辺には「こうほね」という黄色くかわいらしい花が咲くことから、河骨川と呼ばれるようになったそうです。

こうほねの花と葉(写真:wikipedia)

河骨川をさらさらと流れゆく水は清らかで、スイスイと泳ぐメダカの群れを眺めることができ、春の訪れとともに岸辺にはレンゲやスミレなどが咲き誇る、とてものどかな風景の場所だったそうです。

高野博士は、この周辺の景色を愛し、しばし河骨川のほとりで散策を楽しんでいたとか。

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