無類の男色嗜好。徳川3代将軍「徳川家光」の性癖と寵愛され出世した2人の重臣【前編】 (2/2ページ)
地位の高い武士や大名にはお付きの家臣があり、中でも身近に控え身辺の世話をする「小姓(こしょう)」と男色関係に発展する事例が多いとされた時代にあって、家光も例外ではなく、気に入った小姓と男色関係にあった。
1616年には60名以上の少年が小姓として家光家臣団を形成しており、家光と男色関係にあったことが伺える。
大奥誕生のきっかけに家光には、十代の頃に坂部五右衛門という小姓を斬った逸話が残されているが、男色関係の縺れによる事件であったとされる。
家光の乳母「春日局(かすがのつぼね)」(Wikipediaより)
将来的に将軍となる可能性が高かった家光には跡取りである男児の誕生が責務であり、女性に興味を示さない家光に周囲は危機感を抱いた。
家光の男色嗜好に困った乳母の春日局は、女性に興味を持たせる手段として身の回りの世話をする女中を用意した。これが後の「大奥」へ発展したとされる。
【後編】では、家光との男色関係によって出世した2人の人物をご紹介する。
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