新井はその名の通りアラかった/内田順三が激白「スター選手秘話」(4) (2/3ページ)
「90年頃に球団から、秋季キャンプ後の12月~翌1月までの練習場として自宅に環境を整えられないか打診がありました。当時新築したばかりだったので、最初は反対しましたが、折れない球団が30万円で2階まで届く折り畳み式のネットを購入してしまい、承諾するしかなくなりました(笑)。スピードが売りの選手でしたが、1軍と2軍を行ったり来たり。朝の9時から昼までティー打撃をして、我が家で焼き飯やカレーを食べる。午後から広島市内のジム「アスリート」に通って筋力トレーニングをするのが日課でした。朝からボールを打つ音が近所にカンカン響くから、妻が菓子箱持参で一軒ごとに頭を下げて回りました」
大卒ドラフト6位ながら一流選手の証である2000安打を達成して名球会入りを果たした新井貴浩(44)には、絶賛を惜しまない。
「最初は名前の通り、打撃も守備も粗かった(笑)。広島出身で体が大きいぐらいしか取り柄がなかったから、大学の先輩でもある当時のヘッドコーチだった大下剛史さん(76)に徹底的にしごかれました。あと、なんでもかんでもはできない不器用さも幸いしたと思います。
器用な選手はすぐに覚える反面、すぐに体が忘れてしまいますが、愚直に反復練習を繰り返して、体に良いクセを染み込ませることができた。大卒の野手でここまで成長した選手は、後にも先にも出てこないかもしれません。新井の存在は、指導者や努力する若手の道しるべになり、後のカープ大躍進につながっています」
内田氏は19年オフに巨人を退団。20年からJR東日本の外部コーチに就任して、21年4月からアドバイザーを務める。