【浮世絵で見る】もうすぐ見頃!江戸っ子たちも楽しんだ「亀戸天神」の藤の花 (2/3ページ)
歌川広重『東都三十六景 亀戸天満宮』(国立国会図書館デジタルコレクション)
室町幕府の将軍 足利義詮や豊臣秀吉も観藤会を催しており、藤は古くから日本人に親しまれてきた。
江戸時代までは藤から取った繊維を使った「藤衣」と呼ばれる仕事着も作られていらようだ。
歌川広重『名所江戸百景 亀戸天神境内』(国立国会図書館デジタルコレクション)
その藤の花の名所として江戸で随一の人気を誇ったのが亀戸宰府天満宮だった。
亀戸宰府天満宮は、寛文3(1663)年に太宰府天満宮を分祠したのが始まりで、学問の神様として江戸庶民の信仰を集めた。祀られている菅原道真が愛した梅の名所でもあるが、藤も同じくらい名高く「亀戸の五尺藤」「亀戸の藤浪」として広く親しまれていた。
歌川広重は境内に咲く藤を多くの作品に残しており、代表作の『名所江戸百景』では太鼓橋と藤の花を描いている。