厄除けは 相模国の一宮…源頼朝や武田信玄も崇敬したパワースポット寒川神社のご利益や歴史 (2/4ページ)

Japaaan

相武国造一族に祀られていた?寒川比古命と寒川比女命(イメージ)。

日本神話(古事記、日本書紀)には登場せず、一説には大水上命(おおみなかみのかみ。大いなる水の上流≒山の神)の子とも言われ、かつて南関東に勢力を伸ばした相武国造(さがむのくにのみやつこ)一族が祀っていた氏神と推定されています。

よく「寒いから寒川」などと言われますが、ここより寒い地域(川の流域)はいくらでもあります。寒川とは特に水の清らかor冷たい(と現地の人が感じた)川を指しました。

と言って寒川という名前の川がある訳ではなく、神社の西側を流れる相模(さがみ)川目久尻(めくじり)川がそれに当たり、それぞれを男女一対の神(寒川比古命と寒川比女命)になぞらえたのでしょう。

そんな寒川大明神は関東八州(相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野)の守り神として、また江戸時代には江戸の裏鬼門(南西の方角)を守護する神として崇敬され、日本全国で唯一の八方除け(はっぽうよけ)の神様としても有名です。

八方除けとは地相・家相・方位・日柄・交通・厄年など八方から迫るすべての災厄(八方ふさがり、の語源)を除けてくれるご利益で、毎年およそ200万人の参拝者が訪れることからも、崇敬の篤さがわかります。

「厄除けは 相模国の一宮…源頼朝や武田信玄も崇敬したパワースポット寒川神社のご利益や歴史」のページです。デイリーニュースオンラインは、寒川神社日本神話神奈川県神道神社カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る