竹中直人&山田孝之&齊藤工が監督の映画『ゾッキ』原作者・大橋裕之インタビュー「自費出版がきっかけで…」

日刊大衆

大橋裕之(撮影・弦巻勝)
大橋裕之(撮影・弦巻勝)

 高校3年のとき、就職も進学も決まっていなかった僕は、格闘技が好きだったこともあって、「プロボクサーになろう」と決意しました。辰吉丈一郎が世界王者だった時代です。

 親や友達にも「ボクサーになる」と宣言していましたが、その後、『週刊ヤングマガジン』(講談社)の新人賞受賞作を読んだとき、「これなら俺にも描けるな」と思ってしまったんですね。そこで、ボクサーではなく、漫画家になろうと決めたんです。

 僕はもともと4〜5歳の頃から、絵がうまい3つ上の兄と一緒に、『週刊少年ジャンプ』(集英社)などの漫画をマネして絵を描いていました。保育園で『キン肉マン』の絵を描くと、周りから「うまいね」なんて褒められて、それがとてもうれしくて。だから当時は漠然と「漫画家になりたいな」と思っていました。

 その夢は小学生の頃に自然と消えてしまっていたのですが、18歳になって、また火がついてしまった感じですね。でも、周囲に「ボクサーはやめて、やっぱり漫画家を目指します」とは言いづらくて……。しばらくは、漫画を描いて新人賞へ応募しながら、しかたなくボクシングジムに通っていました(笑)。

 その後、19歳になって、漫画賞で佳作をもらいました。それから担当編集者もついてくれたんですが、「オチが分かりにくい」とか「ここは変えたほうがいい」とかダメ出しの連続で……。結局、これに耐えられなくなり、「すみません、やめます」と言って自分から逃げてしまいました。

 そのときは“応募を続けていけばまたどこかに引っかかるだろう”と、甘く考えていたんですね。でも、その後7年間、まったくダメでした。

 一時はサラリーマンになったこともありましたが、それでも漫画家になることを諦めなかったのは、“自分が作り出したもので食べていきたい”という思いが強かったからだと思います。

 転機になったのは25歳のとき。インターネットを見ていて、自分で本を出す「自費出版」という手段があること、そして東京にはそうした本を置いてくれるお店があることを知って、「やってみよう」と思い立ったんです。結果、この自費出版をきっかけとして、商業誌からお話をいただくようになっていきました。

竹中直人さん、山田孝之さん、齊藤工さんは僕の描きたいことを分かってくださっている

 今回、映画化された『ゾッキ』にしてもそうですが、僕の作品に一貫したテーマというものは、特にありません。ギャグ漫画というほどギャグも描いていないし、ただ描きたいものを好きに描いているだけ。特に日常の中のちょっとした変化とか、人生の悲哀とか、そうしたネタが好きなんですね。そこは自費出版を始めた頃からあまり変わっていません。

『ゾッキ』の映画化のお話をいただいたときはうれしかったですね。今作は、竹中直人さん、山田孝之さん、齊藤工さんという3人の俳優さんが監督を務めていますが、オムニバスではなく、それぞれが監督した短編をつないで1本の映画にするということだったので、「どうなるのかな?」という不安はありました。

 でも、できあがった映像を観て、“なんてスムーズにつながっているんだろう”と驚きました。原作者として何の違和感もない。エラそうな言い方ですが、3人の監督の方々が僕の描きたいことを分かってくださっているということだと思います。

 若い頃は漫画以外にも、バンドとかお笑いとか、いろいろな表現活動をしたいと思っていました。でも、41歳になった今は、自分の描きたいニュアンスが表現できる漫画を、ずっと描いていけたらいいなと思っています。描いているのは4コマやショートストーリーですが、僕が最も影響を受けた漫画家は、楳図かずお先生です。自分では『漂流教室』のようなパワーのある作品はなかなか描けない。楳図先生のようにとは言わないですけど、一度は長編に挑戦したいですね。そこは頑張りたいです。

大橋裕之(おおはし・ひろゆき)
1980年1月28日生まれ。愛知県出身。2005年から漫画作品の自費出版を始め、2007年に商業誌デビュー。独自の作風の4コマ漫画や短編で人気を得る。代表作に『ゾッキA・B・C』『音楽と漫画』『夏の手』『遠浅の部屋』など。2014年には『シティライツ』が映画化(『超能力研究部の3人』)、2020年には『音楽』がアニメ映画化されている。

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