癇癪(かんしゃく)持ちの叔父と甥? 江戸中期、21年の時を経て起こった2つの類似刃傷事件【後編】 (1/2ページ)
太平の世といわれた江戸年間には大規模な戦こそ鳴りを潜めたが、藩ごとの小競り合いやトラブルは相次ぎ、結果的に改易になる藩や切腹して果てる大名も存在した。
中でも、江戸時代中期に起きた2つの刃傷事件は、その関連性から後世にも語り継がれる有名な事件となった。今回は、【前編】に続き同族出身の武士が起こしたもう一つの事件をご紹介する。
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癇癪(かんしゃく)持ちの叔父と甥? 江戸中期、21年の時を経て起こった2つの類似刃傷事件【前編】 浅野長矩(浅野内匠頭)あさの ながのり播磨国(現在の兵庫県)赤穂藩の3代目藩主。1667年、2代藩主長友の長男として江戸に生まれる。1675年に父・長友が急死するとわずか9歳で赤穂藩主を継いだ。
1683年。17歳にしてはじめて所領である赤穂入りし、国許の家臣たちと対面している。その後は、参勤交代により江戸と赤穂を行き来する生活を続けた。
1696年には疱瘡(天然痘)を患い一時危篤に陥るものの完治。
