誰より努力家で仲間思い…新選組の六番隊長・井上源三郎の「裏の顔」 (2/4ページ)

Japaaan

苦労したぶん喜びもひとしおだったことでしょうが、周囲に比べると遅かったようで、中には「文武ともに劣等」などと評する意地の悪い者もいたそうです。

天然理心流の修行段階には、入門から技量に応じて切紙(きりがみ)、目録(もくろく)、中極位(ちゅうごくい)目録免許(めんきょ)、指南(しなん)免許印可(いんか)とあったそうですが、一説には入門から中極位目録までは約5~7年かかったと言います。

※ちなみに、皆伝(かいでん)とはその流派におけるすべての武術(例:天然理心流なら剣術、居合、柔術、小具足、棍法)の免許を与えた=奥義を伝えたことを意味します(流派によって例外あり)。

そこからもう一段階先の免許までは入門から約7~10年と仮定して、源三郎が弘化4年(1847年)入門だった場合、かかった期間は13年。確かに相対的には遅めかも知れません。

しかし、逆に考えればこれは凄いことで、周囲に比べて免許皆伝が遅くとも、源三郎は決して諦めずに努力を続ける精神力の強さを持っていたと言えるでしょう。

現代に生きる私たちは、人生の選択肢が多いことや、他の楽しみがたくさんあることもあってか、例えば10年で習得できるとされる物事について、10年やってみて見込みがなければ「これ以上は時間のムダ」と見切りをつけてしまいがちです。

もちろんその判断も十分にアリですし、そもそも習得に10年かかるような道を選ぶこと自体まれでしょう。

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