誕生日は死へのカウントダウン?柳沢教授が考える誕生日を祝う理由 (2/3ページ)

心に残る家族葬

そう毎年毎年生きていることを実感させられても身が持たない。

■老うことを祝うとは

アンチエンジングという言葉も定着した。悟り済ましたことを言っても、やはり年を取るのは嫌なものである。肉は増え、息は上がり、記憶力も低下する。脳も肉体であるからには衰えるのは自然の理である。肉体とはかくも、時の神に忠実な僕であるかと実感する。しかし、健全に年を重ねていけばの話だが、年齢と共に冴えてくるものもある。「精神」=Geist、もしくは「魂」=Seeleである。

柳沢教授はここまで皆が祝ってくれるのには他に何か意味があるはずだと思考を巡らし、その健全なる精神はひとつの答えを導き出す。

「誕生日とは生まれて初めての経験…ではないでしょうか」

「人間にとってひとつ年をとるということは、生まれて始めての“領域”に入ることとも言えます。その違いが些細だったとしても、決して60歳を前に60歳を経験することはできない。明らかに違う何かが生まれているはずです。未知への偉大なる一歩なのです」


■柳沢教授が考える誕生日を祝う理由とは

中原中也(1907〜37)は天才だったが、30代という未知の領域に広がる世界を見ることはできなかった。逆に葛飾北斎(1760〜1849)は改号30回、転居93回を繰り返し、「あと5年生き長らえていれば本当の絵描きになれた」と言って90歳で臨終を迎えた。北斎は未知の領域への歩みを止めようとはしなかったのである。
未知の領域、その最初のステージが誕生日である。この柳沢論を江古田教授は詭弁だと断じて、「君は自分が好きなんだな」と皮肉る。しかし柳沢教授はこう返す。

「私は自分が好きです。だから人のことも好きになります」

柳沢教授はそこからさらに視点を広げて結論に達する。

「つまるところ誕生日を祝うということは、あなたの人生を皆が愛しているということなのです」

誕生日を祝うとは、その人の人生を皆が愛しているということ。江古田教授は大悟し満足して去った。

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