【BLの歴史は古い】日本における男性同士の性愛「男色・衆道」の歴史を振り返る (4/4ページ)
彼は一説によると、若いときの苦い経験から、女性を受け付けなくなってしまた時期があり、それ以降少年たちに愛が向いていったそうです。そして、それを春日局が心配し、結果として大奥ができたともいわれています。
無類の男色嗜好。徳川3代将軍「徳川家光」の性癖と寵愛され出世した2人の重臣【前編】 我が肌は上様だけのもの…徳川家光への男色に殉じた堀田正盛の壮絶な最期 3代将軍・徳川家光の男色がきっかけ!?江戸時代の大奥が巨大ハーレム化した驚きの理由井原西鶴の『好色一代男』など、町人文化の題材にも男色は取り上げられるなど、全盛を迎えることとなりますが、江戸時代中期・後期になると、次第に目立たぬ存在になっていきました。
いかがでしたか?
今回は、日本の男色文化の歴史的な変遷をたどってみました。僧や公家など、限られた人々から始まり、町人文化にまで浸透する過程がおわかりいただけたのではないでしょうか。
この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです!
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