イスラエルに育てられた?ガザ地区・ハマスの不思議な誕生話 (1/2ページ)
イスラエル軍とパレスチナ・ガザ地区のイスラム原理主義勢力・ハマスの交戦が始まって一週間がたったが、いまだ収束の見通しは立っていない。イスラエル側による空爆や地上からの砲撃でパレスチナ側の死者が200人を超える一方、ハマスによるロケット攻撃でイスラエル側にも8人の犠牲者が出ている。イスラエルがガザ地区だけでなく隣国のレバノンにも砲撃を行ったとする報道もあり、今後紛争が近隣地域に拡大する可能性もある。
ところで、イスラエル軍とたびたび戦火を交える「ハマス」とはどのような組織なのか。この組織のルーツには、イスラエルと切っても切れない因縁がある。
■なぜイスラエルはガザ地区のムスリムの先鋭化を見逃したのか?『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史』(上下巻、ロネン・バーグマン著、早川書房刊)は、イスラエルの諜報特務庁(通称:モサド)や、総保安庁(同:シン・ベト)、参謀本部諜報局(同:アマン)といった諜報セクターが過去に行ってきた暗殺工作を含む特殊作戦の歴史を通して、周囲を敵国に囲まれた状態で建国したイスラエルの歩みを紐解いていく。
イスラエルの諜報機関にとって、建国初期のミッションはユダヤ人を迫害したナチスドイツの幹部らに「正義の裁き」を下すことや、近隣国の情報収集だったが、そのミッションはやがて自国内外で暗躍するイスラム過激派との闘いに変質していった。
件の「ハマス」が設立されたのは1987年12月。創設者のアハメド・ヤシンをインターネット検索すると、武力闘争を行う部門を持つ政党の指導者には見えない、車椅子にのった華奢な老人がヒットする。
少年時代、レスリングの事故で脊髄を損傷し、車椅子生活となったヤシンは、元々はガザ地区で金曜礼拝の説教をしたり、ムスリム同胞団の互助活動に参加する寡黙で内向的な人物だったとされる。ヤシンが活動をはじめた1960年代から1970年代のガザ地区のムスリム同胞団は、イスラエル当局からしても「政治的野心がない社会運動」であり、ましてヤシンが自国を脅かす存在になるなどとは考えられていなかった。
しかし、現実にはこのムスリム同胞団が、ハマスの母体となった。