坂本龍馬の人生のターニングポイント?品川からほど近い立会川に龍馬像が建ってるわけ (2/3ページ)

Japaaan

ヴィルヘルム・ハイネによる横浜への黒船来航図(Wikipediaより)

龍馬が立会川で過ごしたのは19歳(嘉永6・1853)の年である。この地には当時、土佐藩の下屋敷があり龍馬は土佐藩の命令で屋敷の警護にあたっていたことから、駅近くに龍馬像が建っているのだ。

ちなみに、この年には浦賀沖にペリー率いるアメリカ艦隊が来航している。

黒船を脅威に感じた幕府によって、当時の品川沖には江戸を守るための台場やその近辺には砲台が築かれていた。

龍馬は日本に迫る異国の脅威を多感な青春期に間近で感じていたことになり、これが後の人生に影響を及ぼしたのではと思わずにはいられない。

銅像だけじゃない。立会川近辺の龍馬ゆかりのスポット

2015年に新浜川公園に復元された浜川砲台(しながわ観光協会ホームページより)

現在は龍馬が警護にあたった土佐藩下屋敷は現存しておらず、眺めたであろう品川台場は撤去や埋め立てにより、一部が現存するのみ。

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