尾崎豊「没後30年目の新証言」(3)相撲取りにケンカを吹っかけた (2/2ページ)
僕は前のグループの『イーグルス』が自然消滅して、高校生になったら、とにかく人脈作りをやりたいと思っていたから。ユタカ君はひとりで来ることが多かったので、自然と仲良くなっていった感じ」
大沢と尾崎は、互いの仕事の話はほとんどせず、共通の友人の家に泊まりに行くなど、どこにでもいる若者の付き合いであった。酔っぱらった尾崎が大柄な相撲取りにケンカを吹っかけ、あっという間にぶっ飛ばされる場面を見たこともあった、と笑う。
大沢にとって今も忘れられないのは、自身の17歳のバースデーに尾崎も現れ、そこで「十七歳の地図」を一緒に歌ってくれたこと。
「その時にポラロイドで撮った2人の写真と、ユタカ君から誕生日プレゼントでもらったキーが変えられる高級なハーモニカは、今もずっと宝物ですよ」
訃報を聞いたのは、光GENJIの仕事で出向いていた海外でのこと。まず「あの若さでなぜ?」と思い、続いて「なんて不思議な死に方なんだ」と思った。
会わなくなって長い月日は流れていたが、思い出すのは陽気に遊んでいたお互いの青春時代であった。
(石田伸也)
*「週刊アサヒ芸能」6月10日特大号より
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