尾崎豊「没後30年目の新証言」(3)相撲取りにケンカを吹っかけた (1/2ページ)

Asagei Biz

尾崎豊「没後30年目の新証言」(3)相撲取りにケンカを吹っかけた
尾崎豊「没後30年目の新証言」(3)相撲取りにケンカを吹っかけた

 小山はシンガーソングライターらしく、歌で尾崎にエールを送ったことがあるという。一度目は87年に発表した「Motherless child」。所属事務所が立ち上げたレコード会社「MOTHER&CHILDREN」に移籍せざるをえなかった尾崎の苦悩を、タイトルでも暗喩している。

「歌い出しは『うぬぼれた夜、うなだれた朝、安っぽい真実』なんです」

 小山の意図するところは、全編にわたって強烈に展開する。巻き込まれた尾崎へのエールなのか、取り巻いた大人たちへの皮肉なのか─「塗り替えられた地図」「使い古しの自由」「傷ついたヒーロー」など、尾崎の定番フレーズをベースとしていることがわかる。

「これは完全に当時の尾崎君に向けて作った歌ですね。それでいて、自分自身に当てはまる部分もあったと思います」

 そして92年に尾崎の訃報を聞くと、小山は「孤独のゲーム」のタイトルで、尾崎への追悼を書き下ろした。

〈君は俺を卒業して ついでに自分からも卒業するんだろう?〉

 大ヒットした「卒業」(85年)をモチーフとしている。さらに、デビュー曲「15の夜」(83年)も、小山流にあしらった。

〈いつでももう飛びだせるぜ 15の時から荷造りをしてる〉

 小山は尾崎が生きた時代を締めくくる。

「若者たちが世の中に対して反抗するのは、どんな時代にもある。それでも、尾崎が世に出た80年代は、特にその部分がクローズアップされた。それが彼への支持にもつながった」

 尾崎と同じ80年代に「アイドル」として君臨したのは、光GENJIの中心メンバーだった大沢樹生だ。

 大沢が尾崎と知り合ったのは、光GENJIが結成される前、85年頃である。大沢は4歳上の尾崎を「ユタカ君」と呼び、尾崎は「ミキオ」と呼んでいた。

 大沢が、お互いの若き日を懐かしむように口を開く。

「当時、よく行っていた六本木のカラオケパブ『2001年』や『3001年』で知り合ったのかな。

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