尾崎豊「没後30年目の新証言」(4)7メートルの高さから飛び降りた (3/3ページ)

Asagei Biz

「尾崎です。ずっと聴いていました」

 尾崎と干支で一回り上になる甲斐は、日本のロック史に多大な功績を残す「甲斐バンド」のフロントマンで、特に詞の部分で尾崎に大きな影響を与えた。

「あの『100万$ナイト』の詞は、どんな気持ちで書かれたんでしょうか」

 甲斐は面食らった。もし、自分がミック・ジャガーに会ったとしても「あの詞はどう書いたんだい?」などというストレートな問いかけは絶対にしない。これはあまりにも陳腐な「初対面の聞き方」だと、笑うしかなかった。

 尾崎が心酔した「100万$ナイト」とは、79年に発表した重厚なバラードで、ミラーボールの光とともにアンコールのラストに披露されることが多い。

 甲斐は尾崎に、ひとつだけアドバイスした。

「自分の身の回りから、はみ出すようなストーリーを描くべきだ」

 今、自分たちが生きている世界観から、大きく枠の外に出たものを描くのだと伝えている。尾崎の没後、甲斐はアルバムに「I(#2)」という、尾崎をイメージした楽曲を書いている。

(石田伸也)

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