日本史上で有名な男色・衆道の例をご紹介!有名人から意外な人物まで (2/3ページ)
織田信長の相手は……
日本史上、最も有名な人物の一人である織田信長も、男色経験者だといわれています。相手として有名なのが、森蘭丸でした。彼は小さいころから端正な顔立ちで、信長に気に入られていたそうです。
信長は、森蘭丸に身の回りの世話をさせるなど、秘書的な役割も担ったといいます。また、信長は、前田利家とも関係があったのではないかという説もあります。
実力派の武田信玄も戦国時代において、実力No.1武士として有名な武田信玄。彼も男色経験があったといわれており、有名な相手は高坂昌信。森蘭丸のように、幼いころから容姿端麗で、信玄もかなり思いを寄せていたといいます。あるときには、信玄が他の人に手を出したことを、高坂昌信に釈明する手紙を送ったといわれており、それはラブレターのようであったといいます。
浮気してないってば!武田信玄が美少年に宛てたラブレターが必死すぎて可愛い♡ アツイ男・伊達政宗「独眼竜」の名で有名な伊達政宗。戦国末期に活躍した、評価の高い戦国武将ですが、そんな彼にも男色の相手がいたといいます。お相手は、片倉重長。この二人には、大坂の陣出陣前の逸話が残っています。重長にとって初陣となる大坂の陣でしたが、彼は片倉の名を汚さないように先陣をきらせてほしいと政宗に頼み込んだのだそうです。そして、それに対して政宗は、「お前以外の誰にも先陣をやらせない」と涙を流しながら承諾したそうです。
大奥誕生のきっかけを作った?徳川家光江戸幕府三代将軍・徳川家光は、元服前の苦い経験から、女性を受け付けなくなってしまったことがあったそうです。しかし、将軍に取って子孫を残すことは大事な仕事。
