「小説ならでは」の仕掛けが鍵を握る――道尾秀介が語る新作『雷神』と小説のポテンシャル(1) (4/4ページ)

新刊JP

その辺のリアリティがあって、しかも小説の読み心地を良くしてくれるキャラクターが夕見です。

―― 一方で夕見の父親であり、主人公である幸人は重い運命を背負いながら、事件の真相に近づいていきます。彼にどんな役割を課したのでしょうか?

道尾 :幸人にはできる限り普通の思考回路を持つ人でいてほしかったんです。これは立ち直れないだろうな、というところでは立ち直れないし、ここは我慢できるだろうというところでは我慢できる。そういう普通の感覚を持った人ですね。

ただ幸人には、落雷によって生じた記憶の空白があります。自分で何をしたのかを全て知らないという恐怖を抱えている。でも、これも普通の人だからこそ抱く恐怖感ですよね。彼が特殊な性格であったら、過去を思い出せないことを怖がらなかったかもしれません。

一度動き出してしまったら止められない、大きなうねりがあります。ただ、それは神様が起こしているわけではなく、個人個人のちょっとした感情のすれ違いや絡み合いがエネルギーになって動き始めるものです。そして、それが転がりながらどんどん大きくなって自分までたどりつき、巻き込まれていくしかない状態になる。その巻き込まれてしまった人物が幸人であり、この物語の主人公なんです。

――この物語を貫く一つのモチーフである「神」という存在について、道尾さんはどのように考えていますか?

道尾 :いろいろあると思うけれど、『雷神』を通して見えてくる「神」は、やはり最後の幸人の一言が答えになると思いますね。

――なるほど。最後の一行に書かれているあの言葉ですね。

道尾 :あれが、物事をしっかり考えられる普通の感覚を持った主人公が、運命に巻き込まれた中で得た結論だと思います。ただ、もちろん、人それぞれイメージが異なるというのもそうです。作中では女性宮司の希恵が、また違う「神」のイメージを語っています。でも、僕自身が行き着いた結論は幸人と同じでした。

――ぜひ最後まで読んで確かめてほしいですね。

道尾:そこだけ読めば「当たり前じゃないか」と思えるかもしれないけれど、物語を読んだ後にそれが真実だと心の底から思えてくる。この一つの小説を通して、同じ結論に至ってくれると思うんですよね。

(後編に続く)

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