カラテカ・矢部太郎インタビュー「お笑いとマンガは似ている」絵本作家の父との思い出
僕のお父さん(絵本作家のやべみつのり)は、毎日うちにいる人でした。うちにいて、一緒に遊んでくれたり、僕を三輪自転車の後に乗せてつくしを取りに行ったり、絵本や紙芝居を描いたり――。
楽しかったし、通っていた保育園では「お父さんが絵本作家なんて、すごいね」と、先生や友だちの親御さんから褒められて、誇らしい気持ちもありましたね。
でも小学生になると、「あれ、うちのお父さんは、なんか変だぞ?」と、気づき始めました。
友だちのお父さんはスーツを着て会社に行くし、車に乗っているし、ボーナスとかいうものももらってくるらしい。うちのお父さんとは全然、違うんです。
そしてなんといっても、うちのお父さんは、いつでもどこでも「絵」を描く。そんなお父さんは、他にいません。
お父さんの描いた「絵」の中には、僕の成長を描いた絵日記みたいなノートもありました。
このノート、あることはずっと知っていたんですが、読んだのはほんの少し前のことで、それまで読んだことはありませんでした。なにしろ、お父さんが描いたものは他にも膨大にあって、その一つだと思っていましたから。
ふと気づくと、僕はノートを描いていたときのお父さんの年齢に近づいていました。そしてお父さんが絵本を描いていたように、僕はマンガを描くようになっていました。
すると、お父さんのことを“やべみつのり”という一人の人間として見られるようになってきたんですね。
だからあるとき、“たろうノート”を開いてみました。これは、もちろん僕の成長記録ではあるんだけど、同時に、やべみつのりの作品でもありました。
そんな、お父さんが僕のことを描いた作品を読んでみて、今度はこの内容を矢部太郎のマンガにできたらいいな、と思ったんです。それで描いたのが『ぼくのお父さん』という作品です。
■「お笑いとマンガの表現は似ている」
初めて描いた『大家さんと僕』は、たくさんの人に読んでもらうことができました。これがあったからこそ、『ぼくのお父さん』を描かせてもらえたのだと思います。だって、いきなり「お父さんのことを描きたいんです!」って言っても、きっと企画が通りませんよね(笑)。
とはいえ、『大家さんと僕』も、誰も知らない大家のおばあちゃんと、あんまり売れていない芸人の話です。とても地味な内容ですから、“誰が読んでくれるんだろう……”と最初は不安でしたね。
僕が描くマンガは、たとえるなら“小さな声で語りかける”ような作品です。でも、そんな小さな声がたくさんの人に届いたことは、すごくうれしかった。お父さんも喜んでくれたみたいです。
ただ、喜んでくれたのはいいんですけど、最近では『ぼくのお父さん』で僕が描いたキャラクターに、お父さんのほうが寄せてきていて、困っています(笑)。
芸人の僕がマンガを描くことを意外に思われることも多いんですが、僕自身は全然違うことをやっているとは思っていません。
子どもの頃、よくお父さんと作っていた紙芝居の延長線上にあるような気もするし、そもそもお笑いとマンガの表現には似ているところがあると思うんです。
芸人の中には、フリップにイラストを描いてネタをやる人もいるし、大喜利でも文字だけじゃなく絵をつける人もいる。漫才やコントの台本は、すぐにマンガにできるものも多いと思います。『大家さんと僕』でも、大家さんがボケで、僕がツッコミですよね。
実はお笑いとマンガって、脳の使い方が非常に近いんです。僕がこれまでに描いた二つの作品は、どちらもエッセイマンガです。次は、架空のお話を描いてみたいですね。あとは、イラストのお仕事もやりたい。『週刊大衆』の表紙は無理ですかね(笑)?
矢部太郎(やべ・たろう)
1977年生まれ。東京都出身。1997年にお笑いコンビ「カラテカ」を結成。以降、お笑い芸人として活動する一方、俳優としても舞台やドラマ、映画で活躍。また、初めて描いたマンガ『大家さんと僕』がシリーズ累計120万部を超える大ヒットを記録。第22回手塚治虫文化賞短編賞も受賞した。