浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)と日本の三大宗祖 (2/4ページ)
対して親鸞は自ら苦しみ、下品なる者と同等の目線にいた。つまり念仏を唱えることすらできない者たちである。そんな親鸞は仏を観るための方法論である「観無量寿経」にはむしろやや批判的だった。念仏すら唱えられない最底辺の人はどうするのか。親鸞は「三部経」の筆頭といえる「無量寿経」に帰った。「無量寿経」阿弥陀仏の物語である。法蔵という人物が万人を救うための仏になるために誓いを立て阿弥陀仏になったことが記されている。
親鸞ほど深い絶望と自己否定に喘いだ宗教者はいない。法然の絶望は宗教者としての使命故だった。親鸞はそれ以前の人間存在に対する絶望であった。親鸞は「半僧半俗の愚禿」を名乗り、仏教者としてあるまじき妻帯肉食の戒を破った。本来なら地獄行きである。しかし地獄に行かない人間などいるのか。それこそ法然のような一部の優れた人間だけだろう(親鸞は法然に騙されて地獄に落ちても構わないというくらい尊敬していた)。多くの人間は心正しく生きたくてもできない悲しい存在である。これを悪人という。悪人は阿弥陀仏にすがる以外救いの道はない。親鸞はさらにそもそも阿弥陀仏は絶対者である。すべては阿弥陀仏の掌の上であったらどうか。それなら安心して阿弥陀仏に任せてしまえばよいのではないか。妻帯肉食に走った親鸞は阿弥陀仏にすべてを任せることを自ら示したのである。浄土各派の中で最も広がったのは真宗である。市井の人々に受け入れられた結果であろう。市井の人といっても現代の一般大衆とはわけが違う。文盲無学の民である。そんな彼らにも阿弥陀仏の広大な慈悲は届いているはずだ。親鸞はその真理を説くため「三部経」の中でも阿弥陀仏の慈悲そのものを語る物語「無量寿経」を教義に据えたのだった。
■一遍の極みと「阿弥陀経」
一遍の念仏は「極み」である。法然の念仏は阿弥陀仏「へ」救いを求める念仏。親鸞の念仏は阿弥陀仏「が」救ってくれる念仏。一遍の念仏は阿弥陀仏「と」一体になる念仏であるといえる。一遍には有名な逸話がある。臨済宗の法燈国師(心地覚心 1207〜98)に参禅した際に一首を詠んだ。
「となふれば 仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏の声ばかりして」
国師はこれを「未徹在」つまり不徹底であると評し、一遍はすぐさまこう呼んだ。