今泉佑唯、渡辺みり愛、伊藤理々杏の個人PVに描かれた「人間ならざるもの」との邂逅【乃木坂46「個人PVという実験場」第20回3/5 (2/3ページ)

日刊大衆

https://www.youtube.com/watch?v=0b4jfJSqTiQ
(※伊藤理々杏個人PV「moon,」予告編)

 そればかりでなく、これら2つのドラマは互いに対をなすように基本となるイメージを共有している。すなわち、いずれの作品も降雨というごくわずかな刹那のうちに、人間と人間ならざるものとの儚い邂逅を託しているのだ。

「moon,」もやはり、「わたしのみかた」と同じく雨降りの画からドラマが始まる。「空から月がいなくなって5日がたった」という超現実的な設定がナレーションで語られたのち、語り手の少年が傘を差して学校から帰宅してくる。少年が軒先に見つけたのは、白い衣をまとった女性(伊藤)。少年から「雨が止むまで」の逗留を許された女性の姿は、明確に空からいなくなった「月」を写し取ったものであることがわかる。

 同時に、伊藤演じる女性にはもうひとつの、「月」が投影されている。彼女は「海に浮かんで月を眺めるのが好きだった」と物語ってみせる。それは、作品冒頭のカットで上方へと泳いでゆくクラゲの姿と重なる。海面に浮かぶクラゲ(海月)のイメージは、空に浮かんだ月の写し絵にほかならない。彼女が雨と同時に姿を現し、「水」を欲するのは、何より彼女がクラゲの化身であることを示唆している。

 やがて、「わたしのみかた」と同じように雨は止み、それを合図に異種間の邂逅はあっけなく終わる。「わたしのみかた」の渡辺は赤い傘を残して姿を消したが、本作「moon,」では伊藤は人間の姿でなくなるかわりに、ひとつの景色を少年に残して去ってゆく。ラストカットで少年がその景色を眺めるとき、わずかな刹那に思えた少年と伊藤との関わりが、実は永続的、普遍的なものかもしれないことに気付かされる。

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