掃除、極道、内緒…あれもこれも!仏教が由来になっている日本語たち:その3 (2/3ページ)
掃除
「掃」は、払い清める、「除」は“あまねく”を意味し、元々は神聖な場所を余すところなく掃き清めることを意味していました。「掃除」は仏教においては大切な修行の一つで、釈迦の弟子である周利槃特(しゅりはんどく・チューラパンタカ)は、掃除で悟りを開いたというエピソードが伝わっています。禅宗では特に、「一に掃除をすること、二に軽天を読むこと」といわれるほど掃除が重要視されています。
極道博徒やならず者などを意味するこの言葉、実は仏教由来の言葉でした。「極道」とはもともと、仏教の道を極めることを意味する言葉で、高僧に対して「極道者」などと呼んでいました。ところが江戸時代になると強きを挫、弱きを助ける侠客を極めた人物を「極道物」と称えたことから、現在のような意味を持ったようです。

仏教では「どうげ」と呼びます。もともとは、人々を仏の道に導くという意味の「道法教化」(どうほうきょうか)という言葉が元になっています。一般大衆を仏教に帰依させるために、笑いを誘うような身振り手振りを交えて説法したことから、やがて現在のような笑いをとることやその人自身を指す言葉になりました。
所得経済などでよく使われるこの言葉も、実は仏教にちなむ言葉でした。もともとは、所有を意味するサンスクリット語の「ウバランバ」が語源になっている言葉で、本来は、修行によって「精神的に得たもの」を意味していました。それが、いつのころからか「金銭的に得たもの」という意味になりました。
