天下の御意見番・大久保彦左衛門が好んで食した戦国武将のパワーフード「鰹節」

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天下の御意見番・大久保彦左衛門が好んで食した戦国武将のパワーフード「鰹節」

戦国時代、人質から天下人にまで成り上がった徳川家康(とくがわ いえやす)。その覇業を支えるべく、苦しい時代を共に乗り越えた三河譜代の武士たちですが、そのほとんどは忠義の篤さに対して冷遇されることとなります。

「平和になりつつある以上、武辺者の槍働きよりも処世術とソロバン勘定に長けた者が求められる」

確かにそれが世の習いとは言うものの、泥にまみれて血を流し、主君の窮地に血路を斬り開くより、調子のよい時だけ勝ち馬に乗り、口先だけでご機嫌を取る者が高く賞せられるようでは、いざ有事に誰も戦ってくれません。

「御家(主君)は譜代あってこそ、譜代は御家あってこそ」

「天下の御意見番」大久保彦左衛門。Wikipediaより

永年の不遇にもめげることなく家康にズケズケとモノ申したのは、後に「天下の御意見番」を自称した大久保彦左衛門(おおくぼ ひこざゑもん。大久保忠教)

腰の刀は飾りじゃない!長さ規制に反発した戦国武将・大久保彦左衛門のエピソード

彦左衛門は80歳で世を去るまで生涯現役を貫きますが、その気力・体力を支えた一つが、鰹節(かつおぶし)を好んで食したことにあるそうです。

今回はそんな彦左衛門と鰹節にまつわるエピソードを紹介したいと思います。

井伊直政のお見舞いに

ある年のこと。彦左衛門と仲のよかった井伊直政(いい なおまさ)が病床に伏した時、彦左衛門が見舞いに行ったそうです。

「井伊殿、彦左衛門が参ったぞ!」

いつもの如く偉そうに、ずかずかと屋敷へ上がり込む彦左衛門ですが、片や3,000石の旗本に過ぎない彦左衛門に対し、直政は18万石の大名。

普通なら、いくら仲良しでも少しは気を遣いそうなものですが、よくも悪くも普通ではない彦左衛門、そんなことはいっかな気にせず、勝手知ったる我が家のごとく直政の病床までやって来ました。

「おぉ……彦左殿、しばらくぶりじゃな」

「井伊の赤鬼」井伊直政。Wikipediaより

戦さ場では「井伊の赤鬼」と恐れられる猛将も、さすがに病はこたえるようで、力なく声を絞ります。

「ははは、鬼の霍乱か。そんな貴殿に、ホレ」

彦左衛門は笑いながら、懐から見舞いの品を取り出しました。

「これは……?」

「見て解らんか。鰹節じゃ」

そりゃ解るけど……普通、こんなものを見舞いには持ってきません。戸惑う直政を前に、彦左衛門は得意顔です。

「昔は貴殿と轡(くつわ)を並べ、よう戦さ場を駆けずり回ったものじゃが、いざ立身出世を果たしてみると、贅沢暮らしで身体がなまってしまったのやも知れぬぞ。ここらで一つ、昔のようにコレでもかじって、元気を取り戻すことじゃ」

彦左衛門は帯に差しておいた自分の鰹節を取り出すと、ひとかじりしてニヤリと笑いました。

「まったく(自分は出世してできないからと)負け惜しみを……しかし、彦左殿には敵わんな」

直政も貰った鰹節の先っぽをかじってニヤリ。久しぶりに、戦さ場を駆けずり回っていた頃の顔に戻ったようです。

自分が立身出世を果たすにつれて、周囲の者たちがよそよそしくなっていく中、彦左衛門だけは変わらず接してくれる。晩年の直政にとって、ホッとするひとときとなったことでしょう。

現代人も摂り入れたい、鰹節のパワー

こんなエピソードがあるように、彦左衛門は平素から鰹節を持ち歩き、食事が出来ない時はこれをかじることで力を出したそうです。戦う武士のパワーフード、まさに「勝男武士」ですね。

鰹節をかじって君も「勝男武士」になろう!

鰹節には牛肉の3倍にもなるたんぱく質をはじめ、ビタミンやミネラルなどの栄養素や、必須アミノ酸のトリプトファンが豊富に含まれています。

このトリプトファンは精神の安定・高揚をもたらすセロトニンを生成し、不遇に鬱屈しがちな彦左衛門の誇りを支え、心身の健康を保ったことが80歳という長寿の秘訣だったのではないでしょうか。

凄惨な事件や感染症の蔓延、モラルの低下など、心身ともに不安になりがちな現代ですが、鰹節に限らず食べ物から元気を摂り入れることで、力強く生きていきたいものです。

※参考文献:
永山久夫『武将メシ』宝島社、2013年3月
和田俊『かつお節 その伝統からEPA・DHAまで』幸書房、1999年12月

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