天下の御意見番・大久保彦左衛門が好んで食した戦国武将のパワーフード「鰹節」 (1/4ページ)
戦国時代、人質から天下人にまで成り上がった徳川家康(とくがわ いえやす)。その覇業を支えるべく、苦しい時代を共に乗り越えた三河譜代の武士たちですが、そのほとんどは忠義の篤さに対して冷遇されることとなります。
「平和になりつつある以上、武辺者の槍働きよりも処世術とソロバン勘定に長けた者が求められる」
確かにそれが世の習いとは言うものの、泥にまみれて血を流し、主君の窮地に血路を斬り開くより、調子のよい時だけ勝ち馬に乗り、口先だけでご機嫌を取る者が高く賞せられるようでは、いざ有事に誰も戦ってくれません。
「御家(主君)は譜代あってこそ、譜代は御家あってこそ」
永年の不遇にもめげることなく家康にズケズケとモノ申したのは、後に「天下の御意見番」を自称した大久保彦左衛門(おおくぼ ひこざゑもん。大久保忠教)。