一本のネジから造船所へ…小栗上野介忠順が計画した幕末最大の国家プロジェクト「横須賀造船所」 (2/4ページ)
ワシントン海軍工廠(造船所)を見学した小栗忠順は、そのダイナミックな規模を持つ工場に衝撃を受けます。
その際に記念としてネジを持ち帰っていますが、これがその後の日本の運命に大きく影響を与えることになります。
帰国後、日本とアメリカとの差をまざまざと見せつけられた小栗忠順は、日本にもワシントン海軍工廠にも負けない造船所を造ることを計画します。しかし、財政難に喘いでいた幕府の懐には、そのような大それたプロジェクトを動かすだけの財力がなく、当初は小栗忠順のアイデアを前向きに受け止める者がいませんでした。
そこで、小栗忠順は…
「幕府の運命に限りあるが、日本の運命には限りがない。私は幕臣である以上、幕府の為に尽力しなければならないが、それも結局は日本の為。幕府のしたことが長く日本の為となり、徳川の仕事のおかげだと後に言われれば、徳川家の名誉ではないか。国の利益ではないか。同じ売家にしても土蔵付き売据えの方がよい」
と説得をしたと言います。小栗忠順が徳川家や日本のことを強く思っていることがわかる件ですが、その中で私が強く感じたのは「日本」という国家を一つの「家」と表現している点です。
これは「日本の主が徳川家から別の者に変わったとしても、その家には新しい主が住む。だから、より良い家財を残しておくべき」と解釈できますが、一方で、「その『家』に暮らすのは国民であり、その国民にとって不自由のしない家を造るべき」と取ることもできるのではないかと思います。