幕末、明治維新の重要人物・西郷隆盛と3人の妻たちそれぞれのエピソード (2/2ページ)
結婚したばかりという状況で、西郷の兄弟たちの世話もしなければならないというのは、須賀にとって苦労が大きかったと言われています。
そして、それを見かねた須賀の父が彼女を実家に呼び戻しました。その後、二人は離縁することに。結婚していた期間はわずか2年ほどでした。
二人目の妻・愛加那(あいかな)西郷隆盛は、京都の僧侶である月照との入水事件のために、奄美大島に流されました。そこで出会ったのが、彼の二番目の妻となる愛加那(あいかな)です。彼女は西郷が身を寄せていた龍家の娘。
1861年には長男である菊次郎が誕生しましたが、二人目の子ども(菊・女子)を身ごもっていたときに、西郷は薩摩藩に戻されることになります。愛加那は島妻(アンゴ)であったため、彼女を薩摩藩に連れて帰ることは許されませんでした。
三人目の妻・糸西郷隆盛の三人目の妻は、1865年に結婚した糸(いと)。すでに西郷隆盛は薩摩藩でも中心人物として周囲から頼られる存在になっていたため、家をしっかりと任せられる女性が必要でした。家を支え、家の中心となっていきました。自分たちの子どもだけでなく、西郷と
愛加那とのあいだに生まれた2人の子ども(菊次郎と菊草)も引き取り育てています。
いかがでしたか?今回は、日本史上で最も有名な人物の一人である西郷さんの私生活に注目してご紹介しました。
この記事が、みなさんが少しでも歴史や明治時代に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan