なんと生涯で引越し93回!江戸時代の天才絵師・葛飾北斎は何から逃げ続けたのか? (2/5ページ)
あとは野となれ、山となれ
葛飾北斎の天才ぶりについて、今さらあれこれ言うまでもないでしょうが、とかく彼は絵の才能にステータスを全振りしてしまったらしく、社会性とか常識というものを母親の胎内に置き忘れてきたようです。
とにかく「絵さえ描けるなら、後のことはどうでもいい」と言わんばかりの偏狂ぶりで、せっかく浮世絵の版元から原稿料が入っても、カネの包みは部屋の片隅(ひどければクズカゴ)に放り投げておくばかり。
食事なんて作る手間が勿体ないのでたいてい出前ですませてしまい、食った包みなどはその辺に散らかして、あれよあれよとゴミ屋敷に。
店の掛け取り(ツケの集金者)がやってくると、「カネならその辺に転がっているだろう」と指さすので、仕方なくゴミの中からカネを発見する始末。
ゴミの中から発掘したカネが多ければ懐に入れてしまい、足りなければその分を改めて催促に来たといいますが、それでも気にしなかったから、よほどカネ儲けに興味がなかったのでしょう。
とまぁ、絵を描く以外はどうでもいい北斎は、当然のごとく満足に風呂も入らず、掃除もまったくしないので、部屋はどんどん汚れるばかり。