戦国武将・柴田勝家について改めて解説。もともとは織田信長と対立していた!? (1/2ページ)
みなさんは、戦国時代の武将のなかで、お気に入りの人物や憧れの人物はいますか?今回は、柴田勝家(しばたかついえ)についてご紹介したいと思います。
名前は聞いたことがある方も多いかもしれませんが、彼がどんな人生を送り、どんな人物だったのか、というのはあまり知られていないかもしれません。ぜひ、この記事で柴田勝家のことをもっと深く知ってくださいね。
柴田勝家の人生柴田勝家は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した戦国武将です。生まれは大永6年(1526年)とも7年(1527年)とも言われ、定かではありません。また、出自についても、柴田勝義の子どもと言われていますが、こちらも確実な史料は残っていません。
柴田家は、柴田勝家から有名になったため、それ以前のことがほとんどわかっていません。
若いころから織田家に仕え、織田信長の家督継承のころには、織田家の重鎮になっていました。なお、もともとは、織田信秀の後継者として信勝を推していたため、信長排除計画を立てていましたが、1556年に信長と戦った結果、敗北。その計画は失敗に終わりました。
その後は、織田信長に謝罪し、今後の忠誠を誓うことで許してもらったといいます。織田信勝は、再度信長を殺害しようとしますが、このころには柴田勝家は信勝を見限っていました。
