有吉弘行に家電芸人…「アメトーーク!」で大成功を手にしたお笑いタレントたち (2/2ページ)
「1996年に『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイクして以降、すぐさま人気が急降下し、地獄を見る毎日だったという有吉弘行もまた『アメトーーク!』に救われた芸人の1人。彼のキャリアを大きく変えたのは2007年8月23日の放送回で、アグレッシブな姿勢で常に前へ前へとガツガツしていた品川祐に対し、『おしゃべりクソ野郎』と命名したところ、これが大ウケ。後に品川も当時のスタジオに『地鳴りのような響き』を感じ、『有吉さんが売れる音がした』と回想するほど、そのあだ名は視聴者の思いをドンピシャで代弁しました。以降、有吉の毒舌なあだ名芸はほかの番組でも求められ、『元気の押し売り(ベッキー)』や『月9バカ(木村拓哉)』『くちびるオバケ(井上和香)』『嘘の限界(小倉優子)』などといった伝説の名付けを連発。加えて、有吉も崇拝する事務所の先輩・ダチョウ倶楽部の上島竜兵による会合『竜兵会』の魅力を最初に広めたのも『アメトーーク!』でした」(テレビ誌ライター)
また、品川祐やキングコング・西野亮廣といった“嫌われ芸人”をひたすらイジる企画を放送することで、逆に彼らの芸人としてのタフさにスポットを当てるなどし、他の番組にはない視点から芸人のよさを引き出して見せた。
出川や狩野だけでなく、様々な芸人にブレイクや再起の機会をもたらした「アメトーーク!」。MCを務めた雨上がり決死隊は袂を分かつこととなったものの、番組だけは続けてほしいと説得した宮迫の判断には、多くの若手芸人が感謝しているに違いない。
(木村慎吾)