第８１回 神保町「源来酒家」

　アイドルだってメシを食う。残暑厳しき折り、食欲も失くす。ああ……それにしても暑い。東京は８月も末となって連日の猛暑日、夜は自ずと熱帯夜だ。クーラーが大の苦手なのに、つけっぱなしの部屋から出られない。しかし、こんな時、冷やし中華など冷麺系統ばかりに逃れるのは安直だ。

　食べて外に出た途端、暑さがよけい堪える。体を冷やし、お腹も壊しかねない。

　逆に辛いものをガツンと食べると、ファイトが湧いてくる。食べている最中は汗だくだが、後からそれがスーッと引いて、なんとも心持ちもよくなる。カレーもいいが、麻婆の類のほうがストレートに辛さが押し寄せるぶん、そんな余韻にも浸りやすい。女優の桐谷美玲もどうやら麻婆派のようだ。

■桐谷美玲は大の辛党

　辛いものに目がないという、桐谷美玲が足繁く通う店は神保町にある。地下鉄神保町駅を九段下側から出て、靖国通り沿いを歩くとすぐの中国料理店「源来酒家」だ。同じ神保町の専大前交差点の北東側の裏路地に、２０１５年まであった「源来軒」がいわば本店。そちらは戦後すぐの１９４６年創業で、専大の教職員相手のちんまりとした大衆的な店だった。

　主人は先だってコロナ再流行で港が閉鎖された浙江省・寧波の出身で、現地から取り寄せた餅料理も売りにしていたようだが、ぼくはランチ利用でタンメンぐらいしか食べていない。また、ぼくは知らなかったが、末期には後述する桐谷美玲お薦めの麻婆麺（ランチ１０５０円、ディナー９５０円）がそちらでも食べられたらしい。

■海鮮料理が売り

　源来酒家に話を戻すと、源来軒の二代目店主の次男＝三代目が１９９６年に開業。より本格志向でオリジナリティにも富み、寧波料理らしい海鮮も楽しめる。近隣に出版社も多いから、打ち合わせでこの店でご馳走になることもしばしば。「麻婆麺ばかり有名になって、あまり知られてないけど、ウチは海鮮が自慢だよ」とは、おしゃべり好きな三代目も注文を取る際にも語っていた。

　しかし、オードブルに一品料理をいくつか楽しんだ後は、煮立った土鍋で供される麻婆麺で締めるのが王道。美玲もこれを大絶賛する。麻婆豆腐には甜麺醤を多めに用いるなどし、辛さの中にも奥行きが感じられ、北海道産の小麦粉を使ったコシのある平打ち麺に絶妙に絡む。存在感のある豆腐も長い付き合いの豆腐屋から、軟らかく濃厚な風味の別注品を仕入れているらしい。

　この三代目、茶目っ気及び商売っ気たっぷりの御仁で、よくよく店のサイトを見ると、トップページに『一番人気！麻婆麺』と題し、「もちもちの特製麺とあつあつの麻婆豆腐に、トッピングのたまごをとろ～りとからめてどうぞ！　まいぅ～の石ちゃん、桐谷美玲さん、ウエンツ瑛士さんも大絶賛！！　三船美佳さんも！　テレビ取材でご来店の際、お褒めの言葉を頂きました」なんて書いてある。

　まぁ、石ちゃんとウエンツは同じ番組で一緒に訪問したんですけど。１２年１１月０６日放送の『火曜サプライズ！』（日本テレビ系）で、「桐谷美玲と行く神田・神保町のグルメ！」がテーマ。そこで店側のお薦めは「鯛の刺身入りスープチャーハン」だった、というところに三代目の本音が見え隠れもする。

■ノーマル・大辛・激辛と３段階

　実は女優の内田理央もこちらの麻婆麺が大好物で、繰り返しＴｗｉｔｔｅｒでこんな愛の告白をしている。

「撮影前に大好きな　＃源来酒家　のあつあつ麻婆麺食べたのでぽかぽか元気です！」。理央の牛めしにデスソースをかける激辛好きは、本連載５２回目で実況済みだが、ちなみに源来酒家の麻婆はノーマルだとそこまで辛くない。大辛・激辛と３段階選べるのだが、会食の場だと、理央並みに激辛中枢がおかしくなっている自分も相手に合わせるのが普通。絶対の保証はできないが…。

　さて、この麻婆麺をさらに進化させた「汁なし麻婆カレー麺」が、桐谷美玲ご一行が訪問の翌年には登場。麻婆豆腐とカレーという、ＨＯＴな２大料理をガチバトルさせるという、得も言われぬ妙味を開発したのだ。

　最近ではこの辛口の両雄をかけ合わせた、いわばハイブリッドメニューもけっこう見かけるが、おそらくその奔りではないだろうか。これは掛け値なしに刺激的で、麻婆の唐辛子と山椒の辛さ、カレーのスパイスが混ざり合い、〆というのに食欲が再び沸き出す寸法。トッピングのチーズや卵のまろやかさが辛さに痺れる舌を優しく抱き込み、妙なるハーモニーを醸し出す。追い飯必須の逸品と言えよう。

　その後１８年７月に、俳優の三浦翔平と電撃結婚をし、昨年７月には男の子も生まれた桐谷美玲。ＣＭとたまにバラエティでしか見ない“女優”となってしまったが、子育てが一段落したら、ぜひ汁なし麻婆カレー麺で気合いを入れ、映画やドラマで可憐なだけではない、新たな一面を見せてほしいところだ。

（取材・文＝鈴木隆祐）